昨夜は連休の一日目だったから、大きな捕り物でもあったのだろう。ファットの守る江洲羽は、関西有数の観光地であり、繁華街でもあるのだから。
気持ちよさそうに眠る彼の横顔は端正だ。痩せてももちっとした質感を残したほっぺと、すこし短めの金色の眉と、形は良いが小さめなお鼻と、意志の強そうな大きめのお口。どこをとっても大好きだなあと思いながら、小夜はそっと身体を起こした。
昨夜小夜は零時まで起きていたから、ファットガムが帰宅したのはそのあとだ。疲れているであろう彼を起こさないよう細心の気を配りながら、広い広い――まんまるな時の彼が安眠できるほどの――ベッドから降りた。
キッチンへと向かい、目覚めのコーヒーを準備する。棚から出したのは、お気に入りのコーヒーメーカーが出している、ワンドリップの秋ブレンドだ。このメーカーの季節ものは、味がいいこともさることながら、パケがかわいいので毎回ひとつは買ってしまう。
湯を沸かしている間に空気の入れ換えをと、窓を開ける。と、この時期特有の心地よい空気が室内に流れ込んできた。ひんやりとした十月の風を感じながら、ドリップコーヒーを淹れ、そこにミルクとお砂糖を少し足す。
時刻は九時。きっと彼は昼まで目覚めないだろう。なにかおなかに入れたほうがいいかと思い、大袋で買っているロールパンをひとつ袋から出して、かるくベイクした。まるい――まるで太っているときのファットガムのような――かわいらしいフォルムのちいさなパンに、いちじくのジャムを塗ってたべる。穏やかな休日の朝。
***
しばらくすると、ファットが起きてきた。
「おう、おはよう」
「太志郎さん、おはよう」
と、こたえたそばから、きゅうと後ろから抱きしめられた。彼は大きな身体を大きく屈めて、甘えるように小夜の頭に頬をすりつける。関西の雄、大阪のアニキと人々から讃えられるファットガムは、プライベートではかなりの甘えじょうずだ。
すると唐突に、頭上から「うん?」という、低いけれどもかわいい声が響いた。
「どうかした?」
「昨夜も思たんやけど、小夜、香水かえた?」
ヒーローという職業柄だろうか、豪放磊落なようで、ファットガムはこうした小さな変化に気づいてくれる。敵にとってはやっかいな話だろうが、小夜にとっては嬉しいことだ。
「香水じゃなくて、ヘアオイルかな? 金木犀のかおり」
「おお。それそれ。いつもの香水も上品でええけど、これもええなあ、なんや甘くて」
すんすん、と音をたてて、彼が匂いを嗅いだ。
「この時期ならではのお花のにおいや」
小夜に覆い被さるようにしながら、ファットガムが匂いを嗅ぎ続ける。なんだかそれが気恥ずかしくて、小夜は身をよじらせた。
「太志郎さん、はなして」
「やーだ。もっと嗅がして」
腕の中から逃れるどころか、その場でひょいと抱き上げられてしまった。痩せても彼は背が高く力持ちだから、女一人くらい、腕の力だけで軽々と抱き上げてしまうのだ。
「ええにおいや」
目の前に、愛しいひとの精悍だけれど優しい顔がある。彼は嬉しげに小夜の匂いを嗅ぐ。髪や額に、軽いキスをしながら。
「ほんま、どないしたらええかわからんほど大好きや」
ぽつりとこぼれたあまい言葉に、小夜は視線をあげる。目の前には琥珀の色をした瞳。きれいだなあと思っていたら、かわいた唇が小夜のそれに落とされた。
触れるだけの、やさしいくちづけ。
とてつもなく幸せな気分で「わたしも大好き」と言いながら、大きな甘えんぼさんの太い腕に頬をすりつける。と、頭上から「なんや小夜、甘えたやなあ」と、のんきな声が降ってきた。
2024.10.20
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