上機嫌で、玄関の扉を開けた。時刻は午後七時半。繁華街を守るヒーローとしては珍しい、早い時間の帰宅だ。
「おかえりなさい」
リビングダイニングに続くキッチンから聞き慣れた声が響く。食事のしたくの最中なのだろうか、室内には美味しそうなにおいが漂っていた。
鼻歌を歌いながら手を洗い、着ている物はそのままに、小夜の元へ。
「今日早かったのね」
そう言いながら嬉しげに微笑んだ小夜が、こちらを見て目をまるくした。
「えっ、かわいい〜」
「せやろ」
大きく胸を張り、ばん、と腹を叩いた。
なにせ今日はハロウィンだ。ファットが今着ているのは、昨年と同じカボチャの衣装。たっぷりと脂肪をたたえたお腹の部分が、まるっとカボチャになっている。今日はこれで江洲羽の街を練り歩き――もちろん遊んでいたわけではなく街おこしとパトロールを兼ねたものだ――ちびっこたちの視線を釘付けにした。そして今夜はこのままで、小夜のハートも釘付けにする。
(なにせ小夜は、俺がこういうの着るの大好きやよってな)
「俺、かぼちゃさせたら世界一や思とんねん」
「それ、去年も聞いた。でも太志郎さんのカボチャ姿、ほんとうに世界で一番かわいい」
「おおきに」
そう。このやりとりは昨年もした。だが昨年と大きく違っていることがひとつある。それは彼女の名字が「豊満」になったこと。
「今日のごはんはなに?」
腰をかがめて、ファットは妻の頬に、キスをひとつ落とした。
「ハロウィンだから、カボチャのシチューにしたの」
「そらうまそうやな。なにせ君の料理は天下一品やから」
「ありがと」
かがんだままでいたファットの頬に、小夜もお返しのキスをする。
「ほな、お約束のあれ言うで」
「うん」
「トリック・オア・トリック!」
「ちょっと待ってよ……どうしていたずらだけなの?」
小夜が愉快そうに笑う。だからファットも、大きく笑った。
「え? そら、そのほうが楽しいからやな」
「お菓子はいらない?」
「あってもええな」
太志郎さんらしい、という言葉と共に、はい、と手渡されたのは、ファットガムのガム。
「ええ、ちゃんと用意しとるん? しかもこれ、俺やん」
すると小夜は静かに笑んで、意外な言葉を口にした。
「トリック・オア・トリート?」
「え?」
自分がするのは頭にあったが、されることはまったく想定していなかった。
慌ててポケットをまさぐるが、いつもならいくつかアメちゃんが入っているはずのそこは空。
なぜなら今日はハロウィン。手持ちのお菓子はすべてお子様たちに配ってしまった。
「太志郎さん」
と、催促するようにこちらを見上げた小夜に、うん、とうなずき帰して、ファットは笑う。
「残念やけど、手持ちのお菓子はぜんぶ配ってしもてな。しゃあない」
大きく両手を広げて、続ける。
「ファットさんは、いかなるいたずらも受けて立つで!」
「もう。ほんとうにかわいい!」
告げるやいなや、小夜がファットの腹をめがけて飛び込んで来た。カボチャ色の布地とたっぷりの脂肪の中にもふんと埋もれて、小夜が満足げに笑う。
そんなようすがどうにもかわいくて、ファットは小夜をひょいと抱き上げ、柔らかな唇にキスをした。
「今年も幸福な夜を過ごせそうや」
そう言いながらミスターパンプキンことファットガムは、大きな腹を揺らして、高らかに笑った。
2024.10.31
ふたりにとっての去年のハロウィン話「trick or treat」「ミスターパンプキンの幸福な夜」はこちら👉の7.8Pに収録されています
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