秋というのはどこかもの悲しいものだが、今年は、それが特に顕著であるような気がする。なぜって? 過ぎ去っていった夏に、あまりにもたくさんのことが起きたから。
すっかり冷たくなった風を頬に感じながら、首元のストールを巻き直した。その目前ではらはらと落ちるのは、黄色く色づいた銀杏の葉。
辺り一面を黄金色に染めている落葉は、さながら金色の絨毯だ。
金色の落ち葉を踏みしめながら、公園内をしばし歩いた。目的地は、銀杏並木に面したオープンカフェ。
もっとも銀杏並木が美しく見える――と思っている――席に陣取り、くるみを待つ。今日は生クリームが欲しい気分だったので、エスプレッソ・コンパナをドッピオで。
一緒に暮らしているふたりだけれど、たまにはこうして、外で待ち合わせるのもいいだろう。落葉の輪舞を眺めながら、美味なる珈琲を飲み、愛するひとを待つ。なんという優雅で贅沢な時間だろうか。
少しして現れたのは、大きな紙袋――近隣のスーパーのものだ――を、抱えた君。紙袋から覗いているのは大量のさつまいもだ。
「どうしたんだい? そんなにたくさんのさつまいも」
「なんかね、美味しそうだったから」
そう言ってペロリと舌を出したくるみが頼んだのは、期間限定の、さつまいもフラペチーノ。
どれだけ芋が食べたいんだよ、と、心の中でツッコミをいれ、曖昧に笑んだ。むろん口になど出しはしない。余計なことは言わずにかぎる。
「ところでさ、今日の夕飯はどうしようか? このまま外食もいいかなと思ってるんだけど」
「実はね、もうブイヤベースを作ってあるの」
「ああ、それは楽しみだな。じゃあ、外食はまたにしよう」
うん、とうなずいて、くるみは軽く空を見上げた。
「ね、マイトさん。すごい夕焼け」
「ああ」
たしかに見事な夕焼けだった。
凄まじいまでの、茜色。
急激に、ひどく切ない気分になった。終わりの前の情景は、なぜこんなにも、胸を締め付けるのだろう。
太陽に例えられることの多い私だけれど、ヒーローとしての私が終わったときもまた、こんなふうだったのだろうか。神野区での、最後の戦いの時は。
「……オールマイトの陽は、沈んでしまったんだなぁ」
つい漏らしてしまった呟きに、くるみが大きく目を見開いた。
しまった。こんなこと、口にするつもりはなかったのに。
するとくるみは、私の手に、そっと手のひらを重ねた。私のそれと比べると本当に小さく、頼りなげな白い手。
けれど重ねられたぬくもりは、大きな大きな安らぎを、私に与えた。
「でもね、マイトさん」
「ん?」
「沈んだ陽は、また翌朝には昇るのよ」
思いもかけない、ひとこと。
「マイトさんの、八木俊典の人生は、まだまだこれから。だから一緒にたのしく、生きていこうね」
そう、にこりと微笑んだ君。
こらえきれず、あいている方の手で、顔を覆った。
「……うん」
やっと絞り出せた声は、自分のものとは思えないほど、しごく情けないもので。
これがかつての平和の象徴なのかと、自分でもすこし呆れてしまう。
そして同時に、心から思う。君と一緒になれてよかったと。
こう思うのは、もう何度目だろうか。
「見て、マイトさん。太陽の光が銀杏の葉を弾いて、とてもきれい」
くるみが笑んだ。晴れ渡った空のように。
「本当だ」
と、こたえて、私は己の顔に当てていた手を、君の手にかさねた。一番下は私の手、真ん中が君の手、そして一番上がまた私の手。
伝わるだろうか、重ねたぬくもりから。私なりの感謝の気持ちが。
「本当に、きれいだ」
頭上は落陽の茜色。足元には、鮮やかな黄の落葉。
それは晩秋ならではの、夕暮れの光景。
初出:2020.10.4 BOOSTお礼文