「ただいま」
「おかえりなさーい」
玄関扉を開けるとともに飛びついてきたのは、私の年若い妻くるみ。
「寝てていいよと言ったのに、起きて待っていてくれたのかい?」
うん、と大きくうなずいて、くるみは笑った。
「だって、久しぶりだからちゃんと出迎えたかったの」
そう言われてしまえば、やはり悪い気はしない。なにせ十日間の海外出張だ。帰国してもすぐに家には帰れず、公安委員会でその報告をすませてのこの時間。こちらとしても、会いたかったのは同じなわけで。
「あとね、どうしても今日中に会いたかったの」
「日付が変わってしまう可能性もあったのに?」
「それはそれでいいの」
「そういうもの?」
「そういうものよ。ところでマイトさん、おなかすいてない?」
「まぁ……ちょっとだけ……。なにかあるなら欲しいかな」
こんな時間だが、そろそろなにか腹に入れたいと思っていたところだった。
胃袋のない私は一度にたくさんの量が食べられない。だから少量を数回に分けて食さねばならない。そうしないとダンピングの症状が出てしまうからだ。
私の食事の回数は、一日に五、六回。くるみはそんな私のために、毎回心を尽くした料理を用意してくれている。ありがたいことだ。
「ポタージュとバケットサンドとか、どう?」
「それは素晴らしいね」
「待ってて、すぐ準備するから」
と、キッチンにかけていくくるみの後姿を見送って、私もまた、洗面所へと向かった。
手を洗ってダイニングに行くと、すでに軽食が用意されていた。
ちょうどいいサイズにカットされたバケットの間に挟んであるのは、生ハムとチーズだ。白いカップの中にはとろりとしたオレンジ色のスープ。ほかほかと湯気を立てていて、とてもうまそうだ。
「あれ?」
思わず声を上げてしまった。スープの浮き実が、黒い冠をかぶったかぼちゃがプリントされた、薄いかまぼこだったからだ。
「気がついた?」
「ああそうか、今日ハロウィンか」
「そうだよ。マイトさんすっかり忘れてたでしょ」
「忘れてたなぁ」
いわれてみれば、コンビニでそれっぽいスイーツを見かけた気がする。けれど目で追っていただけで、まったく頭に入っていなかった。
いやはや、早めに気づけてよかった。彼女はイベントごとが好きで、当日はそれに合わせた料理を用意するのを好む。なにせ過去のハロウィンにはかぼちゃ尽くしのメニューを用意していたくらいだ。
「じゃあ、これはかぼちゃのポタージュだな?」
「あたり。ちょっとだけでもハロウィン気分を楽しみたくて」
「今年はハロウィンっぽいコスはしないの?」
「さすがに、夜中に一人でハロウィンの扮装してたらやばいでしょ」
「いやいや、君はなにをしてもかわいいよ」
ありがと、と、笑んで隣に座ったくるみの頬にキスを落として、私は食事にとりかかる。
「うん、うまい」
私の声に応えるように小さく目を細めた、くるみがいとしい。
「ねえ、マイトさん」
食事を終えると同時に、くるみが私の髪に手を差し入れた。
「髪の毛にかわいいのが何個かついてる」
「かわいいの?」
ほら、と目の前に差し出されたのは、小さなオレンジ色の花だった。
「金木犀のお花」
「あー、そういや公安の庭に咲いてたなあ。樹の下を通った時、頭こすったかもしれない」
「マイトさんは背が高いからね」
「ちょっと待って。ってことはさ、私、公安から家まで金木犀つけて歩いてたってこと? カッコわるいな」
「金髪にオレンジのお花だから、そんなに目立たなかったと思うよ。むしろ金髪の間から小さいお花がちらちら見えて、妖精王の花冠みたいでステキ。マイトさんって、金木犀の花言葉にぴったりだし」
「へえ。どんな花言葉なんだい? 教えてよ」
「金木犀の花言葉は、謙虚、真実の愛……それから」
「それから?」
「……ナイショ……」
「ふーん」
口ごもったくるみを膝の上にひょいと抱き上げた。
「え? マイトさん?」
金木犀の花言葉はあとから聞き出すとして、せっかくの機会だ。仮装ってほどじゃないけどさ、妖精王の花冠って言葉に乗っからせてもらうよ。
そう内心でつぶやいてから、くるみの耳にお決まりのセリフをささやいた。
「トリック・オア・トリート」
「……ずるい。お菓子の用意はしてないよ」
「じゃあ、久しぶりだし、たくさんいたずらさせてもらおうかな。大丈夫、優しくするよ」
「お風呂は?」
「せっかくだから一緒に入ろうか」
「あかり落としてくれる?」
もちろん、君が望むなら。と、ささやいて、くるみを抱いたまま立ち上がる。
「……食器の片づけは?」
「あとで一緒にやればいい」
だから、もう黙ろうか。
なにか言いたげな唇を、私のそれでそっとふさぐ。ほんの一瞬。
すると、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んでから小さく言った。
「……気高い人」
なんの話だい、と言おうとしてやめた。先ほどくるみが途中でやめた、金木犀の花言葉のひとつだとわかったからだ。
「それは光栄だ」
自分の頭に埋もれていた小さな花をひとつ見つけ出し、くるみの髪にちょんと乗せる。
「では私からも、真実の愛を君に」
キザ、とつぶやいたくるみにもう一度キスをして、微笑みあった。
香り高いちいさな花のような君と、今年も素敵なハロウィンを。
2025.10.22
くろさん、泥さんとの日帰り原稿合宿にて書いたお話
時系列的には、最終決戦から一年後