慣れの問題

 三ヶ月ほど前に付き合い始めた彼女――なまえ――を家に招くのは、もう三度目だ。明るく朗らかななまえとは、いい関係が築けていると思っていた。今日の今日まで。

 ところが、どうも今日はそっけない。
 隣に座るとさりげなく距離を取られるし、下心ありきで顔を近づけると、すっと位置をずらされる。
 俺なにかしでかしたやろか、と心の中で自問したが、思い当たることはなにもない。では普段と違う部分はあるかと思いかけ、それはあるなと自答した。

 それは、今、俺が痩せているということだ。
 といっても、この姿を見せるのは初めてではない。けれど思い起こせば、前回俺が痩せた時も、なまえはこんな反応をした気がする。

 あの時はまだ身体の関係がなかったから、気にならなかった。いや、正しくは俺も緊張していたから気づかなかった。つまり互いの間には、今よりも遠慮と距離があったのだ。
 だが今は違う。ここ最近のスキンシップは多いほうだ。それは性的なことばかりではなく、ただ互いの存在とぬくもりを確かめ合うように寄り添っているという感じ。テレビを見ながらなまえを膝や腹の上に乗せるなんてことはしょっちゅうだ。それなのに、なぜ今日のなまえは、こうまで俺と距離を置こうとするのだろうか。

 もしかしたらなまえは「そういう嗜好」の持ち主で、太った男しか受け付けないという特殊なヘキを持っているのではないか……などという良くない思考が頭をよぎる。痩せた途端にちやほやしてくる女もイヤだが、その逆もまた複雑な気分だ。

「……なァ」

 もやもやした気持ちを抱えながら、問いかけた。もともとあれこれ悩むのはあまり好きではないほうだ。

「なー。なまえ、俺がこの姿の時、なんでぎゅってしてくれへんの? 痩せたファットさんは苦手なん?」
「そんなことない。痩せた太志郎くんも好きだよ」
「ほな、なんで今日は冷たい感じなん? もっといつもみたいにくっつこうや」
「ごめん……あのね、緊張しちゃって」
「へ?」

 顔を真っ赤に染めながら、なまえがぶんぶんと手をふった。慌てふためいていることが伝わってきて、なんともかわいい。

「太志郎くん、痩せるとめっちゃカッコいいやん。あ、もちろんまんまるの太志郎くんもむっちゃかわいいし、大きな身体でみんなを守ってるとことかもほんまカッコいいんやけど、その……太志郎くんの痩せたお顔見慣れてへんやろ? せやからなんや照れくさくって……」
「え? もしかして、慣れの問題なん?」
「そう。慣れの問題」

 なんやー、と大きく息をついた。

「嫌われたのかと思てめっちゃ焦ったわ」
「わたしが太志郎くんを嫌いになるわけないやん」

 赤くなりながら口を尖らせるなまえが、もう本当に愛しくて。

「ほな簡単やな。近くでぎょうさん見つめ合って、慣れたらええんや」

 え、となまえが目を丸くした瞬間、その身体を抱き上げて、顔をずいと近づけた。

「わ……わァ……」
「なんや自分、ちいさくてかわいいあのキャラみたいになってんで」
「……しょうがないでしょ……慣れてないんだから」
「こっちの俺も俺やから、早う慣れてや」

 至近距離でそっとささやく。と、腕の中でゆでだこのようになったなまえが、ちいさくこくりとうなずいた。

2023.1.21
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