玄関先から聞こえた声に、キッチンの水栓をとめた。
「おかえりなさ〜い」
駆け寄って大きな背中に抱きつく。と、「おう」という声と共に、地上二メートル五十センチの高さまで引き上げられた。
「誕生日おめでとさん」
ちゅ、と唇に軽いキスをしながら、太志郎くんがわたしを左手で抱いたまま、右手に持った荷物を掲げる。かわいい黄色の花束と、ラッピングされたケーキの箱と。
「これ、うちのお店のケーキじゃない?」
ふっふっふ、と、太志郎くんがヒーローらしからぬ表情でほくそ笑む。
「せやぁ。特注のバースデーケーキやで。ナイショで注文しとってん。気づかへんかったやろ?」
わたしの職場はファットガム事務所からほど近い場所にあるパティスリーだ。おいしいと評判の店で、来る度にケーキを大量に買っていく常連客の太志郎くんとレジ担当のわたしはそこで知り合い、今に至る。
それにしても、バースデーケーキの注文はいくつか入っていたが、ほんとうにぜんぜん気がつかなかった。店長もまわりのみんなもそして太志郎くんも、上手く隠してくれたものだ。それらのことがありがたくて、今日は幸せな誕生日、と微笑んだその瞬間、爽やかな香りがふわりとあたりに漂った。黄色いフリージア特有の、フルーティな香り。
「いい香り……お花もありがと」
「ん。俺は花よりダンゴ派やけど、なまえは甘い物も花も好きやろ?」
「うん。いい匂いだし、とってもかわいい」
「せやろ〜。俺、花なんてわからんから、とりあえず黄色い花ぜんぶ出してもろて、そん中でいっちゃんええ匂いやったそれにしてん」
「黄色い花を、ぜんぶ?」
「おう。なまえ、めっちゃ黄色好きやん。持ってるモン、なにからなにまで黄色ばっかりやし」
あ、と口の中で小さく呟いた。
気づいていてくれてたんだ、わたしが黄色が好きなこと。
「なまえの好きな黄色のお花と黄色のケーキでお祝いや」
本日三度目のキスを、額に一つ落とされる。
――あのね、太志郎くん――と、嬉しそうに笑う彼を見つめながら、心のなかで呟いた。
わたしが黄色を好きなのは、あなたのイメージカラーだから。
花も甘い物も黄色も、加えて言えばかわいいものやふわふわのクッションも、ぜんぶぜんぶ大好きだけれど、わたしが一番好きなのは、やっぱりあなた。
「どないした?」
「……なんでもない」
大好きよ、ともう一度心の中でささやいて、もちもちしたほっぺにちゅっと小さくキスすると、太志郎くんが破顔した。黄色に輝く太陽のように。
2023.3.1
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