おひさまと、
手をつなぐ

「なまえ、無事かーッ⁈」

 警察署を出たとたん、響いた声に驚いた。向こうからひときわ、いや、山のように大きな男が夕陽をバックに駆けてくる。あんな図体をしているのに動きが機敏なのは本当にすごいと思うのだけれど、あまりに俊敏すぎるので見ていてなんだかおもしろい。
 とにもかくにもあっという間に目の前にたどり着いた彼は、公衆の面前であるにもかかわらず、ぎゅうとわたしを抱きしめた。

「ちょっと……。人が見てるじゃない。やめてよ」
「君が個性事故にあったっちゅう話きいて、心配して飛んできたんやないか。怪我ないか?」

 地下鉄内で通り魔的な個性事故にあったのが、一時間程前のこと。中学生のグループが電車内でそれぞれの個性を競ったのだ。どの子も相手に怪我をさせるような個性の持ち主ではなかったが、かけられた側はたまったものではない。もちろん子ども達はその場で補導され、被害者である我々は警察で事情聴取を受けた。

「耳が早いのね。幸いにして怪我はないわ」

 さすが現役ヒーロー、こういうことについての情報は早い。それでもとんな個性を受けたかということまでは耳に入っていないようで、そこはどうにか一安心。

「ほな、どんな個性受けたんや。このあと影響でるかもしれへんから、一応聞いときたいんや」

 別にたいしたことないのよ、と応えようとした瞬間、それは起きた。わたしの口がわたしの意思を裏切って、意図しない言葉を紡ぎ始める。

「あのね、嘘がつけなくなる個性」
「へ?」

 わたしがかけられたのは、触れた相手に一定の時間嘘をつけなくさせる個性だった。
 そんなの豊満くんに教えたら、ここぞとばかりに本音を語らせようとするだろう。だから教えたくなかったのに、時、すでに遅し。

「だから、嘘がつけなくなる個性。本当のことしか話せなくなっちゃうの」

 わたしの言葉を聞いた彼は、予想した通り、にやりといやな笑いを浮かべた。

「……その顔、ヒーローぽくないわよ」
「これはこれで好きやろ?」

 何言ってるの、と言いたかったのに、またしてもわたしの唇はわたしの意図を裏切った。

「そうね。大好き」
「さよかぁ、ん。そうやろとは思っとったけどな。うん。なまえは俺に夢中ちゅうことやな」

 質問形式ではなく断定的であったおかげでこれには答えずにすんだが、やっかいな個性を受けたものだ。質問されたらぺらぺら本音を語ってしまう。本当に勘弁してほしい。
 思わず唇を噛みしめると、心中を察したのだろう。豊満くんが大きな手でわたしの頭をいいこいいことなで回した。

「ほな、俺への熱い想いは家でたっぷり聴かせてや」

 チェシャ猫の如く大きな笑みを浮かべた豊満くんを、じっとりした目でにらみつける。 わたしたちの関係は、一見、彼からの矢印が大きいように思われがちだが、実はまったく正反対。わたしは豊満くんを好きで好きで好きで好きで、もうどうしようもなくて、どうふるまっていいかもわからなくて、素直に気持ちを伝えられない。
 もちろん察しのいい豊満くんは、その事実を知っている。知っているからこそ、ここぞとばかりにわたしの気持ちを確かめるようなことを言ってくるのだ。

「それはそうと、豊満くん今日はもうあがり?」
「おう。ここ数日遅かったから、早上がりさせてもろたわ。嬉しいやろ?」
「そうね、すごく嬉しい」
「さよかあ!」

 あーもう、と、頭を抱えたい気分になった。これではまるで、かわいい女みたいではないか。かわいいを売りにしているのはわたしではなく豊満くんのほうだろうに。

「な、今日はおててつないで帰ろか?」
「そうね」

 いつもならこんな往来で手をつなぐなんてことさせない。けれど自分でも気がついていなかったから、ほんの少しばかり驚いた。
 わたし、豊満くんと手をつないで歩きたかったんだ。
 そんなこちらの気持ちをよそに、大きな手がわたしの手を包みこんだ。まん丸大きな豊満くんの手は温かくて、意外にもごつごつしている。この手に触れるたび、このひとが西の大都市を守るヒーローだと思い知らされる。人々を守る盾であり、矛であるのだと。

「……身体はまんまるもちもちなのに、手はごついのよね」
「あー、すまんな。これ武闘派時代の名残や。拳もめっちゃ鍛えたからなあ……。なん? なまえは手ぇごついの苦手? 怖いか?」
「いいえ、大好きよ。この手がみんなを守ってるんだなあ……ってしみじみ思っちゃう」

 すると豊満くんはほんの一瞬目を丸くしてから、まんまるなお顔にお日様みたいなあったかい笑顔を浮かべた。
 ああもう、このひとはほんとうにもう……と思ったとたんに、またもや言葉が滑り出た。

「豊満くん、かわいい」
「ええ? なまえ、いつも俺のことそない思とったん?」
「そうよ。かわいくて、かっこよくて……やっぱりかわいい」
「……かっこいいよりかわいいの方が多いんちょお複雑やけども……まぁええか」

 片方の眉をあげて呟いた豊満くんに笑みを返して、手をつなぎながら、ふたりで夕暮れの街を歩く。
 通りの向こうから、焼き鳥を焼くいい匂いが流れてきた。豊満くんの好きなお店だ。

「ねえ、焼き鳥買っていきましょうか? 大好きでしょう?」
「おう。大好きや。せやけど、なまえは焼き鳥でええん?」
「ええ。だってわたし、あなたが幸せそう食べるのを見るのも大好きだから」
「……お……おお……さよか……。そら……うれしいわ」

 言われるとわかっているときはそうでもないが、不意打ちには弱いらしい豊満くんは、丸い顔を赤く染めながら、照れくさそうに笑った。
 ああ、と心の中でひそかに思う。
 気持ちをストレートに伝えるのは気恥ずかしいけれど、こんな笑顔が見られるのなら、たまには素直になるのも悪くない。

「せっかくだからたくさん買って行きましょうね」
「せやな」

 微笑みながら告げたわたしに、夕焼け空に浮かぶお日様と同じ色に頬を染めて、豊満くんがまた、大きくわらった。

2023.10.20
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月とうさぎ