師走のエビフライ

 二人で迎える初めてのクリスマスをどう過ごそうか、とたずねた時、クールで理知的なはずのなまえの唇から漏れたのは「巨大なエビフライになってもらいたい」という奇天烈な言葉だった。
 これなんだけどね、と、なまえが広げて見せたのは、もちろん本物のエビフライではなく、エビフライのフォルムをした寝袋のようなもの。
 コロモに似せた部分を頭からかぶる。頭と脇に当たる部分には穴が空いており、そこから顔や腕が出せるようになっている。ちなみに足下はフライ部分と同素材の赤い布で作った室内用ブーツで、尻尾の形を表現している……らしい。

「これ、今のサイズで着るのは無理ちゃうか?」
「そうね、だから痩せた時限定で」
「タイミングようクリスマスに痩せとったらそれ着るんもやぶさかやないけど。……せっかくのクリスマスやのにそんなんでええん? 俺、一応高給取りのつもりでおるねんけど……京都の料亭でしっぽり……とかでもええんやで?」
「お互い年末は忙しいことだし、家でゆっくりしましょうよ」
「いやまぁ……君がそれでええんなら俺はかまんけど……」

 しかし淡泊な言いようやなと内心で呟き、頭をかいた。同じように家でまったり過ごすのでも、「あなたといられるだけで幸せだから」などと言ってくれれば嬉しいものを。
 わかっている。なまえはそんな殊勝なタイプではない。それがなんとなく口惜しかったので、ちょっとからかってやろうという、よくない気持ちがむくりと生じた。

「しかしあれやな。クリスマスやからって特別なことせえへんでも、俺と一緒におられるだけで君は満足っちゅう、そういうこっちゃな」

 すると驚いたことに、なまえの整ったかんばせにさっと朱がのぼった。

――あれ、もしかして、図星やったん?

 眉を吊り上げ「ちがうから」とか「そんなんじゃないから」などと言ってはいるが、真っ赤に染まったその顔が、彼女の本音を露呈してしまっている。

――せやなぁ。俺は君のこういうかわいくないところがかわいくってたまらんのや。

 だが、あまりからかうと、なまえは気分を損ねてしまう。そこはすでに学習した。だからさりげなく話を戻す。そう、エビフライに。

「それはそうと、なんでこないなモン買うとんねん」

 なまえが握りしめていたエビフライの着ぐるみに触れる。話題が変わったことにほっとしたのだろう、彼女が柔らかく笑みながら、静かに応える。

「豊満くん、似合いそうだなって思って。それに、痩せた時用の新しいパジャマがほしいって言ってたでしょう?」
「言うたけど……俺が欲しかったんはスウェット的な普通のパジャマやで。なにが悲しゅうて、エビフライに扮して眠らなあかんねん」
「ごめん……ちょっとふざけすぎた」

 と、なまえが少し悲しげにうつむいた。困ったことに、俺はなまえにこういう顔をされると弱い。

「イヤ。おふざけは大歓迎やで。それに俺は男前やから、何着てもびっくりするくらい似合うてまうしな」
「じゃあ、着てくれる?」
「……仕事に支障出るし、この為だけに痩せることはでけへんから、クリスマス当日は無理かもしれへんで。痩せたタイミングでよければ着たるよ」
「充分よ、ありがとう」

 そう言ってなまえは、また柔らかに微笑んだのだった。

***

 年末年始の繁華街は事件が増える。事件が増えれば脂肪が燃焼する機会もまた増えるというわけで、ここ三日ほど家に帰れなかった俺がクリスマスイブの前日に痩せてしまったのも、まあ予想通りというべきか。

「……コレ……誰に需要在るん?」

 エビフライを着終え、俺はぽつりと呟いた。
 なにせ二メートルを超えるアラサー男の着ぐるみ姿だ。エビフライからごつい手足がにょっきり出ている様子は、想像していたよりだいぶつらい。

 これが丸い時であればきっととてもかわいかったのだろうが――俺は太っているときの自分がかわいいことを充分すぎるほど自覚している――のそれとは違い、この身体ではかわいくない。せめて面白ければいいのだが、面白いと言うよりは気色悪いばかりで、どうにも中途半端な気がする。

「なあ、これ痛ない?」
「そんなことない。なかなか似合ってる。かわいいわよ」
「丸い時より?」
「丸い時と同じくらいに」
「エー、ほんまぁ?」

 褒められるとすぐにその気になってしまうのが、俺のよくないところだ。それでなくてもなまえに褒められると弱いのだ。まあ、叱られるのにはもっと弱いし、なんなら彼女に対してはいつでも弱いが。

「こういうんは、いつもの丸い身体で着るからかわいいんちゃう?」
「これはこれでかわいいよ。それに、丸いときはサイズあわなくて着られないでしょ」
「それは……そうやけど」
「実はね、わたしのもあるの?」
「イヤ君も着るんかい!」

 嬉しそうに自分サイズのエビフライを出してきた彼女を見て、思わず笑ってしまった。

――そういえばハロウィンの時のコスプレえっちも結構萌えてたみたいやし、案外こういうん好きなんちゃうか。ほな、今度女教師のコスプレでもしてもらいたいもんや。せやせや。女教師っぽい格好をした彼女に、ちょっと厳しめに「豊満くん!」と叱られたい。

「ウワー」

――あかん、想像しただけで燃えてまう。そないなことになったら!

「俺、めっちゃハッスルしてまうで!」
「ええ? そんなに? エビフライで?」
「あ、いや……ちゃうちゃう。エビフライちゃう。こっちのことや」

興奮して思わず声に出してしまった己の未熟さにあきれつつ、ヘラヘラ笑ってごまかした。とりあえず女教師は後日やってもらうとして、今宵はこれで楽しもう。

「ほな、なまえもエビフライに着替えて来。仲ええ二本のエビフライになって、久しぶりによろしゅうやろうやないか」
「……やっぱりエビフライがいいんだ……」
「ちゃうわ。なんでも楽しめてしまうところが俺の偉いとこやねん」

 そう言って、俺はなまえの肩を抱き寄せながら、大きく微笑んだ。

2022.12.23
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