「なまえ。こっち来て一緒に団子食おうや。今日は団子を山ほど食う日やで」
明るい声に振り向くと、お皿の上に山と積まれたお月見団子をおいしそうに頬張る、精悍な偉丈夫の姿があった。
「あのねぇ……メインは中秋の名月なのよ。お団子じゃなく」
「ほな、月も見るからカーテンがばっと空けといて」
「情緒もなにもないのねぇ」
「しゃーないやん。俺、早う脂肪蓄えなあかんし」
それもそうね、と答えて、常よりもずいぶんと痩せてしまった彼の向かい側に腰掛ける。と、太志郎は片方の眉を軽く上げ、ん、とわたしにお団子をひとつ差し出した。
「ありがとう」
微笑みながら手を伸ばす。ところが太志郎は、む、と口をへの字に曲げて、差し出したお団子を引っ込めた。このひとは時折こういうこどもっぽいまねをする。
「ちゃうやろ、なまえ。ここはあーんってするとこや」
「……わたし一人で食べられるけど?」
「ええから。な。ホラ。あーん」
しょうがないわね、と、ため息をつき――内心はまんざらでもないのだが――口を開ける。と、あんこのやさしい甘さが口の中一杯にひろがった。
「うまいやろ?」
そうね、と答える代わりに、ちいさくうなずく。すると太志郎は満足そうに笑ってから、軽く下を向き、指先に残ったあんこのかけらをぺろりとなめた。
唇からのぞく赤い舌で、長い人差し指と親指とを、一度ずつ。
ただそれだけのことなのに、ぞくりとするほどの濃厚な男の色香が匂い立つ。
ふだんあんなに「おもしろゆかいなファットさん」としてかわいさを強調しているくせに、時折こうして強烈な色気を感じさせてくるのだから、この男は本当に油断ならない。
「なん?」
「……べつに……」
ごまかすようにお茶に手を伸ばし、音を立てないよう静かにすする。すると太志郎は片方の眉を軽く上げ、にやりと笑った。
「もしかして、ファットさんが男前やから見とれてもうたァ?」
「はいはい。そういうのいいから、食べなさい」
その通りだと言うのもしゃくなので、お団子を数個、彼の口の中に突っ込んでやった。もぐもぐと咀嚼しながら「なまえはほんまつれないわぁ」と、太志郎が笑う。
まったく、油断ならないどころの騒ぎではない。太志郎は無頓着なようで、自分に色気があることをきちんと自覚しているのだから、実にタチが悪いのだ。
けれどそれよりも、度しがたいのは――。
「なあ、なまえ」
と、その時、彼がわたしの思考を遮った。いつもよりも低い、甘くねだるような声で。
「なに?」
「このあとえっちしてもええ?」
そんな気はしていた。太志郎は痩せたとき、わたしを求めてくることが多いから。
しかし言っていることのえげつなさに反して、本人の邪気のなさはどうだろう。軽く首をかしげて、すがるようにこちらを見上げる琥珀色の瞳の持ち主の、なんと愛らしいことか。
ニメートルは優にあるマッチョな大男をかわいいなんて思ってしまうのは本当にどうかしていると思うのだけれど、かわいいのだから仕方ない。「あんなに色気があってカッコいいのに、こんなにかわいいってどういうことなの!」と首根っこをひっつかんで上下に揺らしてやりたい気持ちを抑えながら、考えとく、と低く呟く。
「考えとくやのうて、ええ言うてやぁ」
「お月様が見てるから、どうしようかな」
なんというかまととぶった返答か。己に呆れながら、小さく小さく息をつく。
そう、なにより度しがたいのは、油断ならないだのタチが悪いだのと言いながら、本心では太志郎がいとしくて仕方ない、わたしの心の持ちようだ。
「とりあえず、それ食べちゃえば?」
さらりと答え、自分の湯飲みを片付けるべく席を立つ。それからきっとわたしは、リビングに戻って無言でカーテンを閉めるのだろう。
だってほら、お月様が見てるから。
2022.9.9
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