微笑みながらカーテンを開けた。とたんに室内に降り注ぐ、爽やかな春の日ざし。
油断するとすぐに顔がゆるんでしまう。この状態はここ数日ずっと続いている。血のつながらない男のひととの暮らしだというのに、どうしてわたしはこんなにもくつろぎ、満たされた気持ちでいるのだろう。
マイトさんの自宅は、ツインタワーマンションの四十一階にある。四十二、三階は吹き抜けのスカイラウンジ等の共有部分なので、居住空間としては最上階だ。南東向きの、日当たりのよい部屋。
スカイラウンジだけでなく、このマンションの設備の豪華さはわたしには驚きの連続だった。まず、三〜五階は住居者専用のフィットネスクラブとスパになっている。エントランスにはコンシェルジュだけでなく、高級ホテルのようにドアマンとポーターが常勤。健康相談室という名称の設備もあり、五か国語を操る看護婦が二十四時間体制で待機しているうえ、近隣の大学病院とも連携し、いつでも充分な医療が受けられるシステム。
そんな高級マンションの上層階に住むマイトさんがわたしのために用意してくれたのは、南側に窓がある七畳半のお部屋だった。充分な大きさのクローゼットがつくりつけられているその部屋の家具は、ベッドが一台だけ。他の物は後から買い足せばいいが、寝る場所がないと困るだろうと、マイトさんが用意してくれていたものだ。
ベッドフレームはアイボリーで、ファブリック類は薄いピンクで統一。はしはしにクリーム色のフリルが配されているのが、とてもかわいかった。カーテンは、アイボリー地に淡いピンク色のバラがプリントされたもの。
これらはすべて、今日これから会う予定の女性が選んでくれたものらしい。
ブルージーンズに薄いピンクのニットという軽装に着替え、キッチンに向かうと、ちょうどマイトさんがコーヒーを入れていたところだった。
「おはようございます」
「おはよう」
今日は日曜、マイトさんの当番日だ。お手伝いしますと声をかけ、お皿やカップをテーブルに運んだ。
マイトさんが作ってくれた朝食は、フレンチトーストとクレソンのサラダにコーヒーがついた、かわいくておしゃれなものだった。フレンチトーストはよくある甘い味付けのものと、塩コショウで味付けてハムとチーズを挟んだものの二種類。
「美味しい……」
「そりゃよかった。クロックムッシュをフレンチトーストにアレンジしてみたんだ」
なんとなく気づいてはいたけれど、マイトさんのほうがわたしよりお料理が上手だ。わたしが知らないお料理をさらっと作ってくれたりする。自分のぶんの夜食や軽食もたまに作っているようだ。胃袋のないマイトさんは、食事を一日に何度もとらなければならないから。
わたしももう少し、お手伝いできないだろうか。食べられないものはないと言っていたけれど、調理方法や気をつけなければいけないことがあるかもしれない。いつか健康相談室の看護婦さんに相談してみよう。せっかくある設備だもの、使わないと損になる。
「お昼過ぎに待ち合わせることになったから」
待ち合わせの相手は、先日マイトさんが言っていた、お買い物の助っ人なる女性だ。いったいどんなひとなんだろう。マイトさんとはどういう関係なんだろう。少しもやもやしたものが、なぜか、胸に残った。
***
助っ人の女性と待ち合わせたのは、地下鉄を乗り継いで十分ほどのところにある、若者が多く集まる街だった。バスを使えば乗り換えなしで行けるのだが、大都会の地下鉄にわたしを慣れさせる目的もあったのだろう、今回は地下鉄を使って、目的地に向かった。
買い物予定の百貨店は、地下鉄の駅に直結している。けれどわたしは、有名なスクランブル交差点が見たいと思った。時間にはまだ余裕がある。
「べつにかまわないよ。見て楽しいかどうかはわからないけど」
わたしの申し出を、マイトさんは快く受け入れてくれた。
彼の案内で、ダンジョンとも称される駅の中を抜け、外に出た。この街は駅の中も外も人、人、人だ。もちろんスクランブル交差点も、ご多分に漏れずすごい人。向こう側もこちら側も、溢れるほどの人の群れ。それが、信号が変わった途端、一斉に前進を開始する。そのようすは、戦のようだ。
「わたし、渡りたいです」
「は?」
「合戦に参加しないと」
ナニソレと呟くマイトさんの手を引いて、横断歩道をずんずん渡った。渡りきったところでまた引き返し、元の場所に戻る。
言うまでもなく、スクランブル交差点はただの交差点、合戦場などではない。けれどなんだか妙な満足感があった。何事も経験なのだ。
「君、今の面白かったの?」
戦に参加できて大満足なわたしに、マイトさんが不思議そうな顔をしている。
しまった。またやってしまった。
わたしは、昔から変わっているとよく言われる。空想壁があり、独り言も多い。きっと普通の女の子は、スクランブル交差点を往復して喜んだりはしないだろう。呆れられてしまっただろうか。
だが、マイトさんはやっぱり優しかった。
「さ、そろそろ時間だ。待ち合わせの場所まで移動しようか」
どうしようと焦っているわたしの背中をポンと叩いて、なにごともなかったかのように、マイトさんはふわりと笑った。
***
待ち合わせ場所に立っていた女性を見て驚いた。サングラスをかけて軽い変装をしているけれど、間違いない。麗しき十八禁ヒーロー、ミッドナイトだ。テレビでみるよりずっとスタイルがよくて、ずっと綺麗なひとだと思った。
「こんにちは」
「はじめまして。ミッドナイトさん、ですよね」
「あら、知っててくれたのね。嬉しいわ。でもプライベートの時は名前で呼んでもらってもいい? あたしは香山睡。睡って呼んで」
「睡……さん」
うん、と、ミッドナイトこと睡さんは、大輪の花が咲くように華やかに笑んだ。
「今日はよろしくね」
「こちらこそ、今日はお世話になります。粉月実桜といいます。どうぞよろしくお願いします」
わたしが頭をさげると、若い男性に絶大な人気を誇る美しいひとはまた、小さく微笑んだ。
「カーテンやベッドカバーを選んでくださって、ありがとうございました。すごくかわいくて感激しちゃいました」
「ほんと? よかった。ああいうのが苦手だったらどうしようかと思ってたのよ」
「うすいピンク、好きなんです」
「あ、今日も着てるもんね。その色、似合ってる」
「ありがとうございます」
「じゃあ、先にお昼にしましょうか。近くに美味しいパスタハウスがあるんですけど、マイトさんもそれでいいですか?」
「ああ。かまわないよ」
では、と睡さんが歩き出した。
三人でお昼ご飯を済ませると、マイトさんは仕事があると言って中座してしまった。
マイトさんはいないのか、そう不安になりながら肩を落とすと、目の前の美しい女性が、わたしを安心させるように微笑んだ。ミッドナイトからは、花のような香りがした。華やかなひとだ。色にたとえるなら、そう、マゼンタピンク。
「さて、一応好きなブランドがあったら聞いておこうかな。どうせなら好きなものの方がいいもんね。今日はあなたのスポンサーからたくさんお金をあずかっているから、なんの心配もいらないわよ」
「あの、わたし……ブランドとかよくわかりませんし、手ごろな値段の使いやすいものが、最低限あればいいです」
「あのね。あなたのためにって結構な額を渡されてるのよ。最低限だなんて言わないで、好きなだけ買っちゃいなさいよ」
「そんな……」
「だって、あのひとすごいお金持ちよ。あのマンションの家賃なんて、とんでもない額なんだから。あんたの一年分の学費より、あの部屋の一ヶ月の家賃のほうが高いくらいじゃない?」
「そんなに?」
「そうよ。都会の一等地で、あの設備、あの広さよ。ちょっと考えればわかるでしょ?」
「……確かにそうですね」
「その額を軽く払えるひとなのよ。だから、遠慮なんかしなくていいの」
世の男性を虜にしているであろう美しい顔で、またしてもにこやかに微笑まれた。けれどやっぱり、それは違う。
「マイトさんはお金持ちかもしれませんが、わたしはただの学生です。分相応という言葉もありますし、わたしは、必要なものが必要なだけあれば充分です」
すると睡さんが、真剣な顔でわたしを見つめた。
言いすぎてしまっただろうか。生意気だと思われただろうか。でもやっぱり、学費を出してもらっている身で、ブランド物で身を固めるのはおかしいと思うのだ。洋服だって、必要な分だけあればいい。
少しの沈黙の後、睡さんの目がきらりと輝いた。
「あんたいい子ね。気に入ったわ。あたし、そういうの大好き!」
睡さんがわたしの背中をばしりと叩いた。これはけっこう痛かった。さすが職業ヒーロー、力も強い。
「でもせっかくだから、若い子向けの手頃な服やバッグをいくつか買いなさい。そうしないとあのひと悲しむから」
「悲しむ?」
「そうよ。わかるでしょう? きっとしょんぼりするわよ」
人目を引く長身が、しゅんとうな垂れる姿が目に浮かんだ。
あのひとの悲しむ姿は見たくない。なんとなく、そう思った。
始めに向かったのは化粧品のフロアだった。化粧品はまったくわからないので、睡さんおすすめの店舗に行った。なんでも、若い女性に人気があるという。
たしかに、カウンターには宝石のようにキラキラした容器がたくさん並んでいて、とてもかわいい。
勧められるがまま、カウンターでお化粧をしてもらった。まずは眉毛を今風にカットし、化粧水や美容液で肌を整えてもらう。
化粧水からは微かに桃の香りがした。それだけで綺麗になれそうな、そんな気がする。
美容部員のお姉さんが、メイクアップベースを丁寧にわたしの肌に伸ばし、上からファンデーションをつけていく。このファンデのパッケージがまたかわいい。四角くて、小さなチェーンがついていて、キラキラしていて、まるでパーティーバッグのよう。
その後に出てきた化粧品も、すべて同じようなかわいさだった。
メイクが終了し、鏡にうつる自分を見て、とても嬉しい気持ちになった。嘘みたい。瞼や頬にほんの少し色がのっているだけなのに、ノーメイクのときよりも顔立ちがはっきりする。少しだけ、大人になったような気分。
ここではメイクアップベースとパウダーファンデーション、アイシャドウと口紅とリップグロスの五点を購入してしまった。はたして使いこなせるだろうか。
本当はファンデと口紅だけでいいと思ったのだが、睡さんの「マイトさんが悲しむわよ」という一言に負けてしまった。
次に選んだのはお洋服。入学式用に、黒のシンプルなスーツと華やかな印象のブラウス、それにサンドベージュの膝丈トレンチを選んだ。普段用に買ったのは、シンプルなシャツと襟のないジャケットとロングスカート、ニットカーディガン、それから春物のワンピースを一枚。
トレンチコートの価格は先日見た高級ブランドコートの一割くらいだったが、それでもわたしには充分お高い買い物に思えた。
「ほんと、実桜ちゃんってすみれさんと似てるわね」
「それ、マイトさんにも言われました。睡さんはママをご存知なんですね。嬉しいです」
「優しくて強いひとだったわ。あたしね、デビューしたての頃、結構お世話になったのよ」
「そうなんですか」
フロアを移動しながら、そんな話をした。このうつくしい人が母をほめてくれることが、とても嬉しい。睡さんの話によると、母は紅茶が好きだったという。いつも美味しい紅茶を入れてくれたと。そういえば、母は時々甘いミルクティーを飲ませてくれることがあった。温かくて、甘くて、美味しかったような気がする。
と、その時わたしの携帯端末がブルブルと震えた。マイトさんからのメッセージだ。仕事が早く終わったので、こちらに合流するらしい。
これから靴とバッグのフロアに向かいますと返信し、時計を確認する。四時近くなっていることに驚いた。お買い物って結構時間がかかるんだ。
「さて、スポンサーが来る前に、買い物すませるわよ」
「え?」
「あのひとたぶん、あなたが一つ二つしか購入しないことを知ったら、お店の製品を端から端まで買い占める的な怖い買い物の仕方するわよ」
「まさか。あの……それより、わたしの顔おかしくないですか? お化粧濃すぎないですか」
一瞬だけ睡さんは意外そうな顔をして、すぐに柔らかく微笑んだ。なにかおかしいことを言っただろうか。
「かわいいわよ、とても」
そう答えてくれた時の睡さんの顔は、聖母のようだった。
焦る睡さんに引っ張られ、バッグ売り場でトートバッグを買った。色は白。薄いピンクの内バッグがついていてとても使いやすそうだ。
「いくらか買えたかい?」
靴売り場でどんなものがいいだろうかと見ていたら、後ろから低い声が響いた。振り返らなくてもわかる、マイトさんだ。
こっそり深呼吸をしてから、ゆっくりと振り向いた。
ところがマイトさんはわたしの顔をみて、少し微妙な表情をした。やっぱりお化粧が濃かったのだろうか。それとも子供のくせにと思われたのだろうか。
「実桜ちゃん、メイクコーナーでお化粧してもらったんですよ。かわいいでしょ?」
「……ん……」
睡さんがフォローしてくれたのに、やっぱりマイトさんは煮え切らない感じだった。やっぱり変だったのだろうか。涙が出そうで、思わず下を向いてしまった。
「ごめん。あんまりかわいかったから驚いたんだよ」
やや遠慮がちに響いた。低いけれど甘い声。
それだけで、目の前が今朝のようにぱあっと明るくなったような気がする。どうしたんだろう、今日のわたしは。かなり情緒不安定。
「さて、君のお好みはどんな靴かな?」
わたしの手にぶら下がっていたたくさんの紙袋をさりげなく自分の手の中に移動させながら、マイトさんがたずねてきた。
「よくわからないので、ベーシックなものを一足買おうかと……」
「一足なんて言わないで、いっそのこと、この列の端から端まで全部買ったらどうだい?」
「は?」
睡さんの助けを求めて振り返ると、ほらね、という顔が返ってきた。
果たして、靴は何足必要か。
たくさんあって困ることはないよと言うマイトさんと、使う分だけあればいいというわたし。互いの言い分はすれ違う。
「スニーカーやローファーは持っているようですし、とりあえずは黒とベージュ系のパンプスが一足ずつあればいいんじゃないでしょうか。必要だと思ったら、その時に少しずつ買い足せばいいかと」
あまりにすれ違うわたしとマイトさんを見かねて、睡さんが助け船を出してくれた。購入したのはその二足。もともと靴を持っていないわけではないのだから、これで充分。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
靴の入った紙袋を、またしても大きな手がすっと受け取る。
さきほどもそうだったが、持ってもらおうなどとは思っていないのに、気づくと紙袋はマイトさんの手に渡っている。さり気なさすぎて、断る隙すらない。
「さ、みんなでご飯食べよ。ちょっといい感じのお店を見つけてね、予約しておいたんだ」
マイトさんの提案に、睡さんの表情が輝いた。
***
連れて行ってもらったお店は、落ち着いた雰囲気の和食割烹だった。昨日のフランス料理もそうだったが、マイトさんが選ぶお店はとても美味しい。
「実桜ちゃんは春から大学生だって聞いたけど……」
「はい。恵央大の法学部です。本当は東帝大に行きたかったんですが……」
「なに言ってんのよ。恵央だなんてすごいじゃない。実桜ちゃんは入りたいサークルとか、あるの?」
「大学公認で、国家公務員総合職や司法試験合格を目指す勉強サークルがあるので、そこにはいろうかと」
「「えー」」
大人たちの声が、みごとに合わさった。なにかおかしなことを言っただろうか。歴史ある、立派なサークルと聞いているのに。
「ちょっと待って。大学のサークルってそんな感じだっけ? スポーツとか趣味関連じゃないの?」
「そういうのもあるみたいですけど、わたしは国家公務員総合職や司法試験に向けて勉強できるサークルがいいかなと……」
いい個性を持たないならば、キャリア官僚か高学歴専門職を目指せ。それがこの世界の不文律。身体から毒にも薬にもならない粉が出る、という陳腐な個性しか持たないわたしも、ご多分にもれず、キャリアの登竜門である国家公務員総合職試験を受けたいと考えている。試験に通らなければ、キャリアにはなれない。
大卒以上の公務員試験は他にもあるが、この試験がおそらく最難関。院卒レベルの問題が出ることもあると言われるくらいだ。今から準備をしなくては。うかうかしてはいられない。目前の門は、とても狭い。
本心を言えば、国家公務員総合職試験より司法試験の方を狙いたかった。本当は弁護士になりたい。けれどそちらの道を選択した場合、法科大学院を出なければならない。そうすると、最低でも二年、社会に出るのが遅くなる。国立に落ちた上に、大学卒業後法科大学院に進みたいとお願いできるほど、わたしの面の皮は厚くできてはいなかった。
「ねえ、勉強は授業でもするでしょ。もっと他に楽しいことしたら?」
「お勉強、楽しいです」
「なにか趣味とかないのかい?」
「趣味……ですか? 特にないです」
大人たちが頭を抱えた。
「いいかい、実桜。君の言っていることは、とても正しい。学生の本分は確かに勉強、それはとても健全な考え方だ。だが、そのサークルも楽しそうだが、……その……君はもう少し、不健全にならないといけない」
「え?」
「まじめすぎると視野が狭くなるってことだよ。君はもうすこし、遊ぶことを考えたほうがいい」
「……でも、わたし」
学生の本分は勉強。わたしの中では、それ以外の考えはない。今までずっとそうしてきた。だから急に遊べと言われても、やり方がわからない。しかもわたしはこの街を知らない。知らない街、知らない人たち。すべてわからないことだらけ。
「遊びはマイトさんが教えてあげればいいんですよ」
と、困惑していたわたしを救けるように振ってきたのは、睡さんの軽やかな声だった。
「さしあたっては、どこかに連れていってあげたらいかがです? 観光も兼ねて」
「私がかい?」
「はい」
ふむ、と考えこむような仕草をし、マイトさんがわたしに向き直った。
「じゃ、行ってみる? 明日は休みだし。若い女性はドリームランドとかが好きなのかな?」
「いえ、わたしはあまり……。ドリームランドより美術館や博物館に行きたいです」
「「は?」」
また大人たちが驚いている。
ピンクやレースは好きだけれど、キャラクターものは少し苦手。これも、わたしがまわりから変わっていると言われる理由のひとつ。みんなが大好きなドリームランドに興味がないって、そんなにおかしいことだろうか。
「美術館も悪くないけれども……じゃあ動物園はどうだい?」
「動物園ですか? 嫌いではないです」
「国立美術館の側に動物園がある。有名な公園も隣にあるし、今の時期は桜が綺麗だよ。花見がてら、両方行こう」
「はい」
答えながらふと思う。今日かかったお金は、総額いくらになるだろう。ちゃんと計算しないといけない。お返しするときに、わからなくなってしまわないように。
頭の中で電卓を弾きながら、あることに気がついてどきりとした。
先ほど、マイトさんはわたしのことを実桜、と呼び捨てにした。ただそれだけのことなのに、どうしてか、胸がどきどきしてしまう。
それに、明日のお出かけは二人きり。これはもしかして、「デート」というものになるのだろうか?
どきどきと鳴る心臓と、わくわくする気持ち。その理由がわからなくて、二人の大人に気づかれないように、そっと、胸をおさえた。
2015.7.12(2020.2 改稿)