つり目の生活
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▽2021/07/20(Tue)

今日、親父から一通の連絡があった。

「残念ながら癌でした。ステージ4、手術はもうあちこちに転移していて無理だそうだ。余命は何もしなければ半年、抗がん剤治療をすれば一年らしい」


嗚呼、やっぱり。
でもまさか末期だとは思ってなかった。
その疑いがある、と言われて、検査するギリギリまではしこりだけかも知れないし、と医者からも言われていた。

癌だったとしても、まだ初期で切除すれば助かるだろうと

そう楽観的に捉えていた私がバカだった


職場で情けなくも泣き崩れ、シフトは大幅に変えてもらった。


先輩から、「私のお母さんの友人もステージ4って言われて余命一年って言われてたけど、もう三年生きてるし大丈夫だよ」と言ってもらえて、涙を流すことで落ち着いたこともあった。

それでも吐いたし、現実を思いの外すぐに受け入れてしまったために、涙が溢れた。
容易に想像できてしまったから

残された実家の家族のことがすぐに浮かぶ。そしてその悲しみと焦燥に少し落ち着けば、次に想像されたのが親父の部屋だ。


どんなに待っても、何日待っても、もういつかは二度と主の帰ってこない部屋を思った。
それが何より一番辛いことだった
そう遠くない日に、あの仏壇に親父の遺影が並ぶ日が来るのだろうか。
だったらいっそ、写真なんて立てないでほしい

どこか仕事に行っているのだと
それかまだ病院に行ってるだけだと、そう思いたい。

私は親不孝な娘だったと思う


孫の顔も見せてやれず、仕送りもせず
ただただ迷惑をかけただけの出来損ないの娘だった

せめて、残された時間は少しでも顔を見ていたいと思う


あまりの衝撃に、忘れていた世界を見る目と感性が皮肉にも蘇ったことが苦しい。
私が失ったものが返ってきた代償はでかすぎる。
こんなもの、二度と失っても構わないから、どうかこんな別れの予告など夢であってほしい。

私の何を犠牲にしたら、親父の健康は返ってくるのだろうか


勿論、奇跡を信じたい。それでももし、本当に一年だったとしたら
まして、半年になってしまったら。
それこそ、もっと容態が急変して、もう僅かだったら

私は何をするのが正解なのだろう


今日、酷く嫌な夢を見た。
恋人といつの間にか別れていて、私は寂しさを紛らわせるために別の人と付き合うも、いざ引っ越しが決まったら、その恋人にも捨てられる夢。そして、虎さんのことは忘れていて、その場しのぎで付き合った人とも振られてから思い出す、それでもずっと虎さんへの想いだけが残っていて、本人をようやく思い出して連絡をするも、なかなか修復ができないという恐ろしい夢だった。

虎さんと一緒に眠れない、屋根が違う苦しさをまた味わうことになるとは。


もしかしたら、その別れの夢は、親父のことを示唆していたのかな、別の形で現れた予知夢だったのかなとも思う。

酷く、嫌な予感がする夢だった。
隣で眠る虎さんに安堵したほどだった

私の中である意味で親父は絶対の存在だった。
そんな親父が居なくなることが考えられない、考えたくもない。
しかし、その癌について調べれば調べるほど、ステージ4の情報は絶望的なものばかりで、望みを持っては砕かれていく。

愛の定義を見失い、砕かれて、それから存在の絶対さえ失うのか。
正気でいられる気がしない。

本人の前では、涙を見せたくはない。


だから、会いたいのに会うのが怖い

支える側が涙してしまっては、本人をますます弱気にさせるだけだ

せめて親父の前では気丈に振る舞っていたい。
母はどんな態度で接しているのだろう
祖母は?

主を無くしたあの家はどうなってしまうのだろう

親父は検査の時にはもう既に分かっていたのだろうか。
必要以上に私に自分が死んだ後の話をするのだから、考えすぎだと笑ってやっていたけど、もう気付いていたのだろうか。

どんな顔をして会えばいい

何を話せばいいのだろう


せめて、休みの日は少しでも実家に帰って顔を見せてやりたい。
近いうちに、虎さんも連れて








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