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状況を把握したのは割と早い方だったと思う。前世の記憶をもって生まれ変わった。その事実は思っていたよりもすんなりと自分の中に落ちていった。

小説や漫画だと「異世界に転生する」とか「小説の中に転生する」なんてそんな話があったりするけれど、わたしの場合はそんなこともなく、ただ今まで生きてきた世界にもう一度また生まれ変わったらしい。

ただ死ぬ前のわたしが暮らしてきた世界と違うのは、わたしたちが呼んでいた”異能”が”個性”と呼ばれるようになっていた事。そして死ぬ前のわたしが生きていた時代からおよそ100年ほど経っていたという事。

”ヒーロー”と呼ばれる者が公的職務になっていた事。

わたしが生きていた時代はこの時代では超常黎明期と呼ばれていて、秩序なんてものはなく路上で犯罪行為が蔓延っていた。人々に希望なんてものはなく、ただ怯えながら生きるか、絶望のなか死を待って生きるか。はたまた好き放題生きるかのどれかだった。

わたしはどちらかと言うと、絶望のなか目指す場所もなくただその日暮らしで生きてきた。

生き方でいうと、今の時代の人たちが呼ぶ”ヴィラン”に相当するだろう。
犯罪と呼ばれる行為にはあらかた手を付けていた。

とはいえ、何か思想があってやっていたわけじゃない。その日と明日を生き抜くためにやっていたことで、特に意味はなかった。言い訳と言われればそれまでだけど、そうしなくても生きられたのなら、きっとやらなかっただろう。

だから、今の生まれ変わったあとの時代の実情を知ったわたしはひどく驚いたのだ。この世界は「なんて平和なんだろう」と。

ヒーローが公的職務として認められ秩序を生み出した今の時代は犯罪なんてものとは程遠く、道行く人たちが生き生きとした顔をして歩いている。家族連れやカップル、子ども同士が笑顔でただ希望に満ちた日々を送っている。たった100年でこんなにも時代は変わるのか。前世と合わせるとたった30年ほどだが、あまりにも違う2つの時代をまたいで生きてきたわたしはそう思った。

そしてそんな時代を作った立役者である、一人のヒーローの名前は、学校教材のページに載るまでになっていた。

彼の名前は【オールマイト】。

ある日突如現れた彼は数々の人々を救い出し、そんな彼を人々は”平和の象徴”と呼ぶようになった。彼の存在自体が犯罪への抑制となり、年々犯罪率は低下していっている。そんな彼に憧れてか、ヒーローの数もどんどんと増えてきており、専門家の見立てでは何年か後には犯罪率はゼロになると言われている。

純粋に「かっこいいな」と、そう思った。

生まれ変わる前とはいえ、ヴィランだったわたしがヒーローに憧れるなんて馬鹿だって自分でも思う。けれど、あんなにも数多くの人が長い間必死で望んでも手に入れられなかった”平和”をたった一人で作り上げたというものすごいことを成し遂げたオールマイトは、ヒーローという立場を除いても尊敬せざるを得なかった。


「わたし、大きくなったらヒーローになる」


気が付いたらそんなことを口にしていた。

明日を生きる希望も持てない前世では生きることに精いっぱいで、何かを成し遂げたい、一目置かれる存在になりたいなんて欲望は邪魔なものでしかなかった。思想を持つことは許されなかった。けれどこの平和な世界で、行く道が選択できるこの世界でなら、きっとこんな希望を抱くことも許されるはずだ。

オールマイトのように、大きなことを成し遂げる存在になりたい。前世の分も合わせると、わたしは生まれて初めて「目標」や「夢」というものを抱いたのだった。


それからは思っていたよりも早くて、まず彼の軌跡を辿るように中学入学時には志望校を決め、必死で勉強をした。前世ではできなかった勉強がこんなにも面白いことだとは思ってもいなくて、わたしは暇さえあれば教科書や問題集にかじりつくようになった。そのおかげか、学校内での成績は常に上位。志望校の模試では、ほぼA寄りのB判定を貰えるようになっていた。

肝心の”異能”だが、わたしはもともと生まれ変わる前はなにも持っていなかった。当時はそこまで珍しいことでもなかったが、今の時代は世界総人口の約8割が”異能”をもって生まれてくるという超常社会へと変貌していた。異能を持たない人間は「無個性」と呼ばれ、忌みの対象となっている。

幸いなことに、今世のわたしは両親から受け継いだ異能をもって生まれたようで、4歳のころに「プロヒーロー顔負けね」と言われるような、一般的には強いと言われる異能を発現。それも相まって、ヒーロー以外の進路は考えられなくなっていた。

今思い返してみれば、前世のわたしが死ぬ間際に感じた感覚が異能の発現に似ていたことも考えると、わたしの身に起きた「前世の記憶をもって生まれ変わった」という特殊な出来事は前世のわたしが持っていた異能だという事も考えられるが、もう過ぎたことだし割愛するとしよう。


兎にも角にも、時代に恵まれ、環境にも恵まれ、新たな人生のスタートを切ったわたしは、前世とは真逆の人生を送らんと行動し、見事そのスタートラインを踏みしめる機会を得たのだった。

桜の降りしきる暖かい4月、15歳春。
わたしは雄英高校ヒーロー科に入学することとなった。