02

「嘘でしょ…早速やられたの?」
「痛そ〜大丈夫?」
「爆豪、やっぱアイツ頭おかしいわ」

昨日の放課後、爆豪に顔面を爆破されたわたしは一番傷のひどい額にガーゼを張り付けて登校。すると朝イチでわたしの顔を見た彼女たちは代わりに怒ってくれながらも「だからあれほど言ったのに」と苦言を呈す。全くその通りだった。忠告されたのにも関わらず、相手のことも深く知らず突っ込んだ自分が悪い。でも見た目ほど傷は酷くないし平気だよと言うと、彼女たちには「とにかく爆豪には逆らわないこと」と再度忠告され、わたしは首を縦に振る。そのまま授業開始の鐘が鳴り女の子たちが席に戻ると、隣の席から視線が刺さった。

「おはよ、緑谷」
「っ!?お、おは…おはよ、う…苗字さん…」

小難しそうな顔でわたしの額のガーゼをひたすら見つめている緑谷に声をかけると、彼は声を掛けられると思ってなかったようで肩をびくりと跳ねさせた。かぁっと頬を染めながら挨拶を返される。あれか、昨日も思ったけど緑谷って女慣れあんましてない感じか。でもなんというか、不快感はなくむしろピュアな感じがして話していると心が洗われる。そんなことを考えていると、緑谷の眉が段々と下がっていき、視線はだんだんと上がっていく。そっか、昨日緑谷がいなくなってからの出来事だったから、詳しくは知らないのか。…なんか、自分のせいとか思ってそうだな。わたしの額を未だ見つめる緑谷の表情を見て何となく彼の考えていることが分かってしまって、わたしは苦笑いをした。

「別に緑谷のせいとかじゃないからね」
「っ、…でも……」
「わたしの意に反しただけ、ほんとに気にしないで」

女に守られた、って馬鹿にされた後の緑谷の反応が最初は馬鹿にされたから恥ずかしくて真っ赤になったんだと思っていたけれど、家に帰ってから冷静になって少し考えると、あれは多分”図星”だと認識して赤くなったんだろう。ヒーロー志望にとって、誰かに守られることがどんなに不名誉なことなのかを理解して、余計なことをしてしまったんじゃないかと頭を抱えた。今後はあまり首を突っ込まないようにしよう。緑谷が求めない限り、わたしはなるべく緑谷のことで爆豪に怒るのはやめよう。そう決意しながら「ね?」というと、緑谷は眉を下げながらだけど笑って「うん…ありがとう」と言った。







6時間目。長いHRの時間が割り当てられていて、一体何するんだろうねと話していたところに担任の先生が教室に入ってくる。鐘が鳴りざわざわとしながら席に戻ると、先生は持ってきた紙の束を持ちながら「これから大事な話をするからよく聞くように」と前置きをすると、その紙をぺらっと私たちに見せた。そこには【進路希望調査票】と書かれていて、その横にはこの地区周辺の高校をまとめた資料も用意されているようだった。

「これから進路希望のプリントを配るが、皆!だいたいヒーロー科志望だよね」

そう言いながら先生がプリントを文字通りばら撒くと、そのままプリントはひらりと宙を舞いながら私の机に一枚だけ乗っかった。…びっくりした、昨日見てめっちゃビビって”先生の個性”だと教えてもらったものの、いまだに紙をばら撒かれると焦ってしまう。もちろん、プリントは全生徒に余すことなく1枚ずつ行き渡る。便利な個性だ。

担任の先生が言ったように、大体の生徒はヒーロー科志望だろう。とりあえず受かろうが受からなかろうがいったん第一志望には”ヒーロー科”と書くのだ。とはいえ、例外はもちろん居る。当のわたしも「進路希望調査票」には”ヒーロー科”と書く気は毛頭なく、”普通科”の学校を探していた。ヒーロー科に受験しても合格できるのはほんの一握りなのは周知の事実だし、そもそもわたしの個性じゃヒーローになれるとも思えない。受験して絶望を味わうくらいなら”安全”に普通科に合格して心穏やかに過ごせた方がいいに決まっている。資料をめくりながらどこがいいかな、なるべく制服が可愛いところがいいなぁ。なんて考えていると、教室に忌まわしい声が響き渡る。

「せんせぇー!「皆」とか一緒くたにすんなよ、俺はこんな"没個性"共と仲良く底辺なんざ行かねーよ」

爆豪勝己。今日も相変わらず高すぎる自尊心を振りまいている。正直2日目にして早くも「また言ってるよ」くらいの認識でしかないが、さすがに”没個性”や”底辺”などの言葉にムッとしたのか、何人かが「そりゃねーだろカツキ!」と抗議する。…が、彼にとってはそんな声すら些末事でしかないらしく「モブがモブらしくうっせー」と嘲笑っている。

「あー…たしか爆豪は「雄英高」志望だったな」

「国立の!?今年偏差値79だぞ!?」
「倍率も毎度やべーんだろ!?」

担任の言葉に、教室が一気にざわめく。雄英高校といえば数多のトップヒーローを輩出してきた超エリートヒーロー育成校。毎年300倍を超える倍率に、偏差値は常に70越え。選ばれし者しか入学は許されておらず、入学できれば将来は約束されたも同然。そんな雄英高校に入学を希望する。それだけで驚くことだ。正直わたしも驚いた。頭もよく喧嘩も強いらしいけど、それだけで雄英なんて目指せない。しかし、その後の彼の「模試じゃA判定!俺は中学唯一の雄英圏内!」という言葉にまた驚かされる。

「あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローと成り!必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!」

この時期の模試でA判定なら、よっぽどのことがない限り入試に落ちることはないだろう。爆豪って、ちゃんとすごい奴だったんだなぁ。とみんなの言っている通り粗暴が悪いだけじゃないことを実感する。正直昨日の様子を見てヒーローを目指しているなんてとてもじゃないけど信じられなかったが、まぁ…ブランディングは人それぞれだから…そう無理やりわたしが納得すると、続いて担任は驚きの内容を告げる。


「そいやあ、緑谷も雄英志望だったな」


思っていた以上に静かな空間に響いたものだから、教室中の生徒の動きが一気に静止し、そのまま視線は一直線に振り注ぐ。…当のわたしも驚きながら隣の席を見ると、そこには亀のように頭を抱えて小さくなっている緑谷が居た。頭がいい、運動ができる、個性も強力な爆豪ですら受験するというと驚かれるのに…いや、でもわたし正直なところ緑谷の事あんまよく知らないや。個性めっちゃ強いかもしれないし、頭もよさそうだし、もしかしたらポテンシャルがあるのかもしれない。そう思っていると、周りから「緑谷?ムリっしょ」「勉強出来るだけじゃヒーロー科は入れねんだぞ」と野次が飛ぶ。

「そ、そんな規定もうないよ!前例がないだけで…」

どうやら、緑谷も個性自体は強力という程でもないらしい。
ひと昔前はヒーローに必要な条件として「個性は強くて派手なものが好ましい」というような風潮があった。パンチやキックで吹っ飛ばす!というような、純粋に強固なパワーが第一条件だったらしい。とはいえ、最近のヒーロー事情はどちらかというと「個性を上手く使ってテクニカルに戦う」ことが主流になりつつある。そう考えると、緑谷の言うように個性はそこそこでも頭脳や柔軟さがあればヒーロー科に合格出来ることも…ある、のかもしれない…。わりと無理やり緑谷を肯定できるような理由を頭の中で考えていると、さっきまで衝撃のあまり固まっていた爆豪はつかつかと歩いてきては思い切り緑谷の机を叩き、Boon!と爆発させた。


「こらデク!没個性どころか"無個性"のてめぇがぁ、なんで俺と同じ土俵に立てるんだ!」


けほ、隣から流れてきた煙で咳き込みながら、わたしは爆豪の言葉に驚きを隠せなかった。緑谷が、"無個性"…!?目を見張りながら二人のやり取りを見ていると、緑谷は震えながらも「や、やってみないと分からないし…」と言う。

あぁ、そういう事か。そう思った。

昨日、緑谷が「夢はヒーロー?」と聞かれてあんなに申し訳なさそうに、苦しそうに頷いたのは、こういう事だったんだと、この時ようやく腑に落ちたのだ。今までの人生で”無個性”の人に出会ったことがないから、完全に理解しているとは言えないけれど、「没個性」というだけでたまに軽視されるような世の中だ。”無個性”ならば、どんな扱いをされるのかなど想像するだけでも身が竦む。普通に暮らすだけならまだマシなんだろうが、残念なことに無個性である緑谷は「ヒーロー」に憧れて、「ヒーロー」を目指してしまった。「ヒーローになんてなれるわけない」昨日爆豪が言った言葉も、今日みんなが緑谷をそんな目で見るのにも、ひどく納得してしまたのだ。

ものすごく正直な話、わたしも「無理だ」と思った。
これはテクニックどうのこうのの問題じゃない。今どき珍しい"無個性"の人間が、個性を使うことを前提とした試験に合格することも、万が一合格したとしてその先の訓練も、実際の戦闘も…相手は"無個性"ではなく"強力な個性"持ちであることが大半なのだから。そんなところに"何も持たない人間"が出ていったところで、自殺行為でしかない。記念受験と言われても仕方ない。そう、思ってしまった。そしてその気持ちが伝わってしまったのか、ちらりとこちらに視線を向けた緑谷がわたしの顔を見て、眉を下げながら顔を染めた。

この世の中は、「何者になるか」を自分自身で決めるのではなく、「何者であるか」を他人に決められるようになっている。環境、力量、個性。選び取ることができるように見えて、実は自分自身で選んでいるものなんてなに一つない。世界は、恐ろしいほどに不平等なのだ。それをわたしは、一番肌で痛感している。

色々と考えていて気が付いたらあっという間に放課後。わたしが部活で早々に教室を出る友達に手を振った後ゆっくりと帰り支度をしていると、同じく帰り支度をしてスマホをスイスイと弄る緑谷の方へ爆豪が近付いてきた。「話まだ済んでねぇぞデク」と言いながら、緑谷の机の上に置いてあったノートを手に取る。

「カツキなにそれ?」
「「将来のための」マジか!?くぅー緑谷!」
「…い、良いだろ…返してよ!」

またガキみたいな事してるよ、こんな事ばっかして暇なんだろうなぁ、と冷ややかな目で斜めにそのやり取りを見るが、昨日みたいに緑谷と爆豪の間に入っていく気にはならなかった。緑谷にとってわたしの助けが必要ではない可能性だってあるわけだし、いま緑谷を目の前にして「夢へ向かって走れ」なんて言える自信もなかった。今は周りが止めているけど、もしわたしが言ったことでその道へ進んでしまって、怪我をしたりもっと酷いことになったら…とてもじゃないけど責任は取れない。そう思ってしまった。しかし。

Boon!
爆豪は緑谷の「将来の為のヒーロー分析ノート」を両手で"爆破"する。真っ黒焦げになったノートからは煙が上がっていて、とてもじゃないけれど中身を読める状態ではないことが伺える。…あれ、たしかNo.13って書いてあった気がする。昨日見た時には、ノートの1ページ1ページにびっしりと文字も絵も、色んな事が書いてあった。それにあのノートは、確か1冊30~40ページある。単純計算で、最大520ページ。…緑谷が無個性だとか、本当にヒーローを目指すかどうかなどは一旦置いておいて、あのノートは彼のとても大切なものなのだと、付き合いの浅いわたしですら分かる。

「一線級のトップヒーローは大抵学生時から逸話を残してる。俺はこの平凡な私立中学から初めての!唯一の!「雄英進学者」っつー"箔"を付けてーのさ。まー完璧主義なわけよ」

そんなみみっちい事をいいながら、爆豪は緑谷のノートを窓からポイッと"ゴミ"を捨てるかのように投げ捨てた。…どうしてコイツは、ヒーロー志望のくせに。こうも人の大切なものに傷をつけられるんだろう。人の気持ちに傷を付けられるんだろう。何も言えない緑谷をいい事に、こうも横暴に振る舞えるのだろう。

「つーわけで一応さ、雄英受けるなナードくん」

こいつのは、爆豪のは、無謀な挑戦をする緑谷を止めるために言っている事じゃない。ただひたすら自尊心のままに言っている。そう感じて、ひどく腸が煮えくり返って行くのがわかった。こんなに体が熱く感じることはなかなか無い。怒りがふつふつと身体の底から湧いてくる。…まずい、緑谷は求めていないかもしれないのに、勝手に口を出してはいけないのに。わたしまた、割り込んでしまいそうだ。そう思ったのも、束の間。


「そんなにヒーローに就きてんなら効率的いい方法あるぜ…来世は個性が宿ると信じて…屋上からの

ワ ン チ ャ ン ダ イ ブ !!」


助けなんて求めていないかもしれない。無個性がヒーローに、なんて無謀な挑戦かもしれない。その考えに変わりはない。でも。この発言だけは、絶対に許せなかった。

「ッ!?カツキ!?」
「っ、!チッ、昨日から何なんだよ!クソ転校生!」

思わず爆豪の頬に思いっきり平手を打つと、彼は予想外の事に身体をよろめかせた。教室で一部始終を見ていた人達は「爆豪が殴られた」と一気に騒がしくなり、野次馬が出来上がる。状況を理解した爆豪は元々鋭い目を更に鋭くさせて喚き散らし始める。…が、別に全然怖くない。だって相手はクソ餓鬼だから。周りのことなんて何も見えてない自分大好き自尊心野郎だから。

「取り消せ、今の言葉」

でもさぁ、やっぱ言っちゃダメだよね。どんなに自分大好きでも、相手が大嫌いだろうとも。いじめだろうといじめじゃなかろうと。絶対に言っちゃいけない。ヒーロー志望として以前に、人として言ってはいけない事だ。

「だからクソ餓鬼なんだよ」
「っ……テメェ…殺されてぇみてぇだな…」

怒りのままに、昨日爆豪が緑谷の背中に向かって言った言葉を借りて爆豪を非難すると、爆豪の目は血走り、こめかみに血管が浮き出る。口端をピクピクと震わせている様子を見ると、どうやらブチ切れているようだ。掌からボンボンと小さな爆発を起こしながら、その言葉どおりわたしを"殺しにくる"爆豪。

「カツキ止まれ!」
「苗字さん危ないっ、!」

爆豪たち取り巻きは「やり過ぎだ」と彼を静止しようとする声を上げ、緑谷や野次馬たちはわたしに「避けて」と悲鳴を上げる。しかし両者止まる気も避ける気もなかった。爆豪は昨日のように掌を私に向け爆破をしようとしている。
わたしは奴のその右手首をグッと掴み、くるりと身体を反転させる。

「え?」

次の瞬間に床に伏せていたのは、わたしではなく爆豪だった。周りも爆豪本人も驚いたように目をまん丸くさせながら固まっている。わたしは"背負い投げ"をする形から体制を元に戻し真っ直ぐ背筋を伸ばし立ち上がると、そのまま高い位置から爆豪の顔を見下ろした。

…だから、何も見えてないんだよクソ餓鬼。