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例年より二週間近く早い梅雨明けを迎えた今日、私はテンション高めに学校へたどり着いた。駅から15分ほど歩く通学路は見慣れたものの、少しだけ汗ばんだシャツには慣れやしない。もうあと一週間もしたらポロシャツ解禁かなあ〜なんて考えつつ、昇降口を抜ける。

教室内の人はまばらで、外から野球部の声が響いていた。20分後が登校のピークタイムだ。いまは、早めに登校してきた生徒しかいない。このほんの少しの静かな時間が好きだった。選手の記録をファイリングしたファイルをカバンから取り出して広げる。記録は、選手の状態を推し量るのに一番分かりやすい判断材料だ。

「おはよ、さとう」
「あれ、赤葦くん。おはよう、早いね?」
「もう一年が慣れて、片付けやってくれるから」
「なるほど」
「さとうはこの時間に学校来てるんだ」
「大体ね。それに今日はほら、大事な日だから」
「あー、プール開きか」

そう、今日は水泳部にとって超重要な日。プール開きの日だ。いつもは6月から入水してるんだけど、今年は有難いことに近隣の市民プールが7月まで貸してくれることになって、伸びていたのだ。屋外といえど、やっぱりホームで練習できるのは嬉しい。

「いつもより嬉しそうだなって思った」
「……そんなに顔に出てる?」
「少なくとも俺よりは」
「ごめん、君を基準にされても困る」

言い返してやれば、赤葦くんも笑った。ちょっと前に席替えしちゃったから隣りじゃなくなったんだけど、ラッキーなことに前後の席になったから、相変わらず会話はしてる。まあ、赤葦くんが前だから振り向いてくれないと話せないんだけどね。

「そういえば今日のホームルーム、体育祭の競技決めるんだよね」
「ああ……ケガしないやつならなんでもいい」
「二年は借り物競争とムカデ競争くらい?クラス対抗に比重おくから、出なくてもいいんだよね確か」
「また始まるのか、あれ」
「今年は普通に終わるといいね、まあ私回す側なんだけど」

梟谷の体育祭は縦割りで色分けされてて、8クラスが4色に分けられ競い合う。協調性を重んじる学校のため、体育祭といえどチーム対抗の競技がメインとなり、その中でも全学年対抗となる”大縄跳び”は、体育の時間をすべてそれに割くほど力が入る。この時期は部活の朝練よりもこっちを優先しろという先生も、少なくはない。運動が苦手な私は、小学校でも大縄跳びの回す役をやっていたことから回し方が上手い、飛びやすいとの評価をいただき、高校でもその役に徹している。
気づけば教室内は徐々に人が集まっており、隣りの席の野球部がやってきた。ってことは、もう間もなく予鈴が鳴るだろう。赤葦くんもそれに気づいたのか、いいとこで話を切り上げて、前へ向き直った。自分が活躍する予定も無いので、当日ハチマキをどんな風につけようかなあ、なんて呑気に考えていた。


***


「こんな感じで体育祭の決め事は以上なんですけど、何か異論ある人いますかー」
「手、挙げなくていいの?」
「……いいよ、適当に熟す」

分かりやすく落胆した赤葦くんの肩をポンポンと叩いてやる。うちのクラスは野球部が多くて、チームワークを必要とするムカデ競争に人が割かれた。ほかにも運動部は結構居たんだけど、実行委員が去年も同じクラスだったってことで借り物競争に赤葦くんの名前をあげた。本人は上手く逃げ切ろうとしたんだけど、部活での活躍ぶりを買われ、見事メンバー入りを果たしたのである。

「今年の指令は面白いのが多いって聞いたよ」
「なにそれ……」
「ほら、去年盛り上がったじゃん。”好きな人”って書かれたお題で、三年生がさ」
「ああ……俺は普通のを引きたい」
「お参りでもいく?」
「五円玉用意しとこ」

くだらない話をしてればチャイムが鳴った。先生からの連絡もそこそこに、みんなが立ち上がる。赤葦くんはもう部活モードに切り替えたのか、涼しい顔して教室を出て行った。
平然とした顔で、去年の話をしてしまったけど、気まずい雰囲気にならなくてよかった。去年の公開告白とも言える借り物競争でのお題は、本当に大盛り上がりだった。高校生の大好物だよね、人の色恋沙汰って。先輩たちは見事イベントパワーでカップル成立となったわけだけど、かなり周りがはやし立てて、かつ他学年の知らない人たちも彼らを知っていたから、見世物になってたな。でも今年は、そういった男女が絡みそうなものをもう少しライトな感じでお題に入れるらしいから、大丈夫なんじゃないかなあ…と思っておく。万が一、億が一にも赤葦くんがその手のお題を引いてしまったら、どうするんだろ。

「さゆみ!!プール開きという一大イベントなのにどうしてすぐ部室に来ないの!」
「ああごめん!今行く!」

これは私も、お参りに行かなきゃかもしれない。




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