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選手たちからプレゼントされた麦わら帽子を被りながら、私はひとり階段を走っていた。外は炎天下、観測史上最高気温を叩き出す猛暑なんてのはもう聞き飽きましたよ天気予報士さん!私たち水泳部の本格始動である夏休み。屋上のプールで活動する梟谷水泳部は、夏休みが始まって一週間で既に真っ黒だ。マネージャーである自分も、日焼け止めを塗ってても日焼けしてしまって、ビーチサンダルの跡がついてしまってる。
1階まで駆け下りて、バレー部やバスケ部の部室が並ぶ廊下へと駆け込んで自動販売機の前に立った。
「コーヒー、ブッラクかな……微糖と同じ数買っておけば問題ないか。いやでも、もし苦手だったら…紅茶も入れとこ」
剥き出しの千円札を自販機がスルスルと飲み込んでいった。絶賛顧問にパシられ中です。OB・OGの方が訪問していて、プールサイドには薄めのスポドリしかないため、こうしてここまでやって来たのである。何も考えずに走ってきたけど、7本って持てるかな…。
「あっ、みっこ?……じゃねえか後輩ちゃんか」
「……さとう?」
声をかけられて、4本目を手にしたところで振り返る。そこにはみっこ先輩の彼氏である木葉先輩と、赤葦くん、その後ろにぞろぞろとバレー部の皆さんが歩いてきていた。
「悪い、背丈似てるし麦わら帽子でわかんなかったわ」
「い、いえ全然……」
「てかあれじゃん。赤葦の」
「ああ……体育祭のやつですか」
「そー!あ、邪魔だな俺はな、木兎も連れて帰るから安心しろよ赤葦」
隣りに立つ赤葦くんの背中をバンバン叩く木葉先輩。赤葦くんは一見無表情だけど、ちょっとだけ眉間に皺が寄ってた。横を通り過ぎるバレー部御一行様も、木葉先輩と同様に私の顔を見て、体育祭の…と呟いていく。木兎先輩は何かを叫ぼうとしたタイミングで口元を塞がれていた。
「……うるさくてごめん」
「ううん、賑やかでいいよね」
「、麦わら帽子、いつも被ってるの?」
「被ってるよ。これね、選手たちにお守り作ったお礼に貰ったんだ」
被ってると幼さが増すね。なんて茶化す赤葦くんに、口では反論をしたけれど、夏休み前と同じように話ができてて安心する。あの体育祭以来、周りからの冷やかしがあったりで、会話の回数がちょっと減ってしまって、そのまま夏休みを迎えたもんだから、少しソワソワしてた。
「バレー部は上がり?」
「これからミーティング。もう直ぐインハイだから」
「あ、そっか。うちが例外なんだった」
「水泳部はこれから関東だっけ。スケジュール詰まってるって言ってたもんね」
「そうそう。バレーボールは青森でしょ、寒いのかな?」
「どうなんだろ。……そうだ、さとうはなんでここに?」
「はっ!私これ早く買って戻らなきゃだった!」
パシられてるんだって言ったら、赤葦くんに笑われた。もうすでに持ちきれなくて残り3本が買えないって思ってたんだった。
「手伝おうか?持てないよねその数」
「いやいや、レギュラーメンバーの赤葦くんをお借りするなんてできません」
「別に上に上るだけだし、」
「セッターは重要ポジションだって聞いたから!ダメです!あ、この麦わら帽子に入れればいいのでは」
名案だ!!とテンションを上げつつ被っていた帽子を脱いで、しゃがみながらその中に缶コーヒーたちを入れていく。すると横にいた赤葦くんもしゃがんだ。
「元気そうで安心した」
「え……?」
「一学期のラスト、俺のせいで話せなかったから」
関東大会、行かないんでしょ、さとう。
吐き出された言葉が、少しずつ脳に響き渡っていく。帽子から落ちそうになったミルクティーを拾いながら、赤葦くんはこちらへ向き直った。
水泳は個人競技なので、関東大会、全国大会へ全部員で行くことはない。超強豪校だったら話は別だけど、水泳は誰か一人が速ければ、その人が全国行きの切符を手にすれば、校舎に幟が立てられる。一方で全国へ行けなかった選手は、夏休み中は大会が続く。それぞれ、焦点を当てる大会が異なるのだ。その為、マネージャーも必然的にそれぞれへと割り振られる。大会へ引率される人、練習に残る人。今年の私は、練習に残るマネージャーだ。去年は、インターハイに引率したのに、だ。
「去年のこと、引きずってると思った?」
「というか、単純に落ち込んでるんじゃって思ったくらい」
「そんなやわそうに見える?」
「いや、凄い頑張ってるの知ってるから、レギュラー落ちみたいな感じかなと」
心配されたことがちょっとばかし照れくさくて、茶化してみたのに真面目に返されたから赤葦くんの顔が見れなくなった。頑張ってるの知ってるとかそんな、そんなこと言われたら、さあ。首元から耳にかけて、ぶわーっと熱が駆け上がっていくのが、よくわかった。
「だ、大丈夫。めっちゃ元気だよ!てかそろそろ怒られそうだから行くね!」
「あ、うん。また」
***
「っつーことだから、来週からよろしくな」
「すみません先生、頭からもう一度お願いしても良いですか?」
赤葦くん遭遇事件からかれこれ2週間弱、週が明けたら世間はお盆休みが始まるって時に顧問はとんでもない爆弾を落としてきた。例年、水泳部はこの期間に校内合宿を行い、8月下旬にはいって直ぐに開かれる二回目の県大会で先輩たちは卒業していく。のだけど今年の先輩たちは例外で、そこまで残らずに合宿の前で引退していった。理由は簡単、部員のほとんどが国公立を志望しており、部活よりも勉学を優先したかったから。先輩たちの将来をとやかく言うことはできず、必然と最上級生になってしまった私たち。いきなり部長を言い渡された同級生は、ここのところよく険しい顔をしている。
「だから、お前はバレー部に出張って言ったんだよ。 闇路先生ご指名だから安心しろ。俺もお前が他所に出しても恥ずかしくないマネージャーだって分かってる」
「いやいやそういうことじゃなくて、え?水泳部にお役御免的な?」
「お前、俺に対する口の利き方じゃないだろ……ったく、そうじゃなくて、合同練習の他校はまだ3年がいてマネージャーも多い。うちもマネージャーはひとり、3年が残ってくれるって話だ。あいつは専門だから、入試が先週で終わったしな。んで、バレー部のマネージャーが足りないっつうんで闇路先生と話してた時にお前の名前が上がったってわけだよ」
「たくさん聞きたいことはあるんですけど、この話が先生からおりてくるってことは決定事項ですよね」
「よくわかってんじゃねえか。頑張れよ。バレー部は教室を使って寝泊まりするらしいぞ」
ごつごつした手のひらで頭を二回ほどポンポンされるも、全然嬉しくない。キュンともすんともしない。相手は40歳、筋トレを愛してやまない既婚者だ。って違う、そうじゃなくて、は?私、来週からバレー部のマネージャーやるの?
「お、さとう見つけた」
「闇路先生……私別に先生の恨みを買うようなこと、した記憶ないんですけど」
「恨み?なんだそれ。ほら、これ行程表。うちも3年のマネージャーがふたり居るから、そいつらと一緒に動いてくれれば助かる。あとは飯だな!水泳部は3食マネージャーと部員で用意するって聞いたけど、こっちは食堂だから安心しろよ」
合宿期間中のマネージャーの負担8割が食事だから、食堂でご飯食べれるんだったら私いらなくない?!とは言えず、黙って行程表と言われたA4の紙を受け取った。うわぁ……バレー部で5校集まるってなるとこんな人数になるんだ……うちとじゃ比べ物にならない。こっちはせいぜい20人弱だもの。こっちはマネが6人いても足りないのか。恐ろしい。にしても、インハイ終わって早々合宿なんて、大変だなあ。
「私球技まったくできないんですけど、大丈夫ですか」
「こぼれ球に当たらなきゃ大丈夫」
闇路先生の笑顔にめまいがしたけど、とりあえず踏ん張って体育教官室を後にした。戻ったらまず、同級生に謝らなければ。ただでさえ部長で自分の在り方について悩んでるのに、一緒にいれないなんて、ごめんって。あ、あと、合宿中のデータ、誰がまとめるんだろう……Excelのデータも先生に渡さなきゃ。