宮城の桜は、東京に比べて開花が少し遅い。こっちだと入学式前くらいに咲き始めて、登校してから二週目あたりが満開になる。うちの学校の桜も、もう少しで満開を迎えるんだろうなあ。上を見上げれば一面ピンク。風が吹けば花びらが舞って、ちょー綺麗。いつの時代も、植物というのは不変で、それは俺をノスタルジックな気持ちにさせる。”俺”の最後は呆気ないものだったから、みんな元気かなあとか、考えちゃうんだよねこういうときに。
「葵、さん?」
「……あー日向だ。おっはよーう」
「良かった合ってた!おはようございます!」
なんだかいつもと雰囲気違ったんで、一瞬迷いました!何見てたんですか?
俺の斜め下から、日向はぴょこぴょこと飛び跳ねながら一緒になって空を見やる。桜、綺麗だよなーと笑えば、またひと際大きな風が吹いて、俺たちの周りを桜の花びらが包んだ。その瞬間、右腕に小さな重み。……ん?重み?
「だあああすみません!!!!」
「別に大丈夫だけど……どした?」
「な、なんか、葵さんがどっか行っちゃいそうな気がして……桜に、連れてかれちゃう気がしたら、思わず、」
んな少女漫画みたいな展開があるかーい!!と大笑いすれば、心配そうな顔はどっかに行って、日向も一緒になって笑ってくれた。なんだか弟ができたみたいで可愛いから、そのまま日向の手を握って、ぶらぶらさせながら歩き出した。最初こそ、日向は不思議そうにしてたけど、考えるのが面倒になったのか、手を握り返して今では俺より大きく振っている。
先日、日向と影山は入部の条件であったチームプレーとやらを練習試合の中で見事発揮し、無事バレー部への入部を決めた。3対3で勝てたら、なんて粋なことしますな大地さん。対戦相手は先に入部した一年生ふたりと大地さん、挑戦者側にはふたりのひみつの特訓に付き合ってあげてた田中が入り、これまたまあ、みんな楽しそうだったね。青春してたよ。おれにトス、持って来い!!だって、っくぅ〜言ってみてぇ!!
「はよーって、お前らなんで手繋いでんの?」
「スガさん!葵さんが桜に攫われそうだったんで!」
「え、そういうこと?俺はてっきり、可愛い弟ができたなあって嬉しかったんだけど?!」
「そんな儚さ持ち合わせてんの?葵?」
「いや……桜見てただけなんすけどねぇ」
そっと日向の手を離し、オレンジのふさふさな髪を撫でてやる。日向は面倒を見てくれた田中が大好きなようで、田中が呼ぶ呼び方で部員を呼ぶので、俺も如月から葵へとシフトチェンジした。嬉しいね、後輩から名前で呼んでもらえるの!スガさんは知らんうちに名前で呼ばれてた。特に減るものじゃないので、そのまま呼んでいただいている。大地さんは最近混じってるんだよね、どっちに定着するかな。
ジャージに着替えて、まだガヤガヤしてる部室を閉める。体育館へと歩き出せば、中には練習熱心な黒髪美形男子がひとり。彼の名前は影山飛雄くんです。うん、この名前、どっかで聞いたことあるんだけど、ちょっとピンとこないんだよね。影山は知らんけど、トビオちゃんなら知ってる。でもなあ、こんな大きくなかったしあんなに目つきも鋭くなかったんだよねぇ。
「?葵さん、俺の顔になんかついてますか」
「ううん、影山と同じ名前の子を知ってるんだけど、トビオちゃんなんて名前の子、そんなにいっぱい居るかなーって思ってたの」
「……それなら俺も、葵さんに聞きたいことがあるんですけど」
及川さんって知ってますか。
***
「まさか葵が、北川第一出身だったなんてなあ」
「母校がそんなに有名だなんて知らなかったんで……」
「中学は料理部だったんだっけ」
「ですです。日々美味しいお菓子を作っては食べて、幸せでしたね」
バスに揺られて過ごす放課後。本日は青葉城西高校に練習試合でお邪魔します。放課後に遠征試合なんて、運動部って感じがしていいね!とハイテンションな俺に、質問攻めをしてくるのはスガさんだ。昨日のトビオちゃん事件は、結論として影山とトビオちゃんは同一人物であり、俺と影山は出身校が同じであること、記憶の中のトビオちゃんはこんなにも立派に育ってしまったというものだった。なんで俺より背が低かった可愛い後輩が、こんなに見上げる形になっているのか、悩ましい。身長だけは劣性遺伝子、父も母も高身長だと言うのに。ばあちゃんの遺伝を受け継いでしまった。
「影山のこと知ってたのはなんで?」
「あー……バレー部にですね、俺のことライバル視してくる先輩がいまして。オレのファン取った!だのなんだの……その人を黙らせようと思って、差し入れたお菓子が部員に好評で……」
そのまま、週3くらいで差し入れを義務付けられ、合宿中も食事当番に駆り出されるなどしていたのだ。いやー懐かしい!青城に行けば、懐かしい顔ぶれに出会うんだろうな。女バレにも会えたりするかな。同級生のキャプテンだった子には勉強面で助けてもらったりしたのだ。
スガさんは、お前って奴は……なんてカッコイイ台詞を言い放って黙ってしまった。スガさんの横顔は綺麗なので、俺も黙って目的地へ着くのを待つのでした。武ちゃん、運転上手だなー。
なんて、呑気に過ごしていた時もありました。ええ、世の中は何が起きるか分からないから面白いんですよね。例えば俺みたいに前世の記憶持ったまま生まれ変わっちゃうとかね。日向みたいに緊張しすぎて、バスの中で先輩の股間にゲロ吐くとかね!!!!
「落ちねぇ!!!臭い!!悪臭退散!退散!!」
第三体育館入口横の水飲み場で、狂喜乱舞する俺。他校生たちが心配そうな顔でこちらを見てるのには気づいているが、いまはコイツを倒すのに必死なので気にしてられん。早くしないと試合が!始まって!しまうだろ!!
「お前、本当に烏野だったんだな」
「ん?ってああ!!岩泉さんだ!!ちーっす!!お久しぶりです!!!!」
「おう。てかお前その恰好って、マネやってんのか?」
「そーなんですよ。差し入れ部隊から格上げです」
出しっぱなしにしてた水を止めるのに蛇口を捻って、ポケットから出したタオルで手を拭きながら岩泉さんの方へ向く。後ろには何人か部員が居て、お前誰?なんて視線が痛い痛い。そりゃ当たり前ですよねー。影山の情報だと、岩泉さんは副キャプテンだし。こんなチビがなんで親し気に話してんだって感じよな。
「葵がウチに来ねぇから、色々困ったんだぞ」
「あはあ、私学はお金がかかりますからね」
「金持ちのボンボンが何言ってんだよ」
「えー……だってほら、こっち来てまた及川さんと女の子取り合うの面倒じゃないですか。俺はみんなに愛されたいだけなのに、派閥とか出来ちゃってもねぇ……」
「つまりクソ川のせいってことか」
「岩泉さん相変わらずですね!?俺のボケに気づいて?!」
「お取込み中悪いんだけど、この顔面偏差値高めの男子は誰なの?岩泉のともだち?」
中学の後輩だ。ぶっきらぼうに言い放った岩泉さんは、俺の肩を引っ張って部員の前に差し出す。ついでに及川のライバル。とかなんとか付け加えたもんだから、ザワザワし出した。やめろ!!こんな目立ち方、俺は望んでいないの!!久しぶりに会えたのにこんな仕打ちはないよぉ!
「お前らも聞いたことあんだろ、葵って」
「あー、及川と岩泉の会話によく出てくる。後輩だったんだ」
「バレー部じゃなかったですけどねぇ。よくパシられてました」
「で、烏野ではバレー部のマネやってんだな?」
ジワリ、ジワリ。岩泉さんに距離を詰められる。なんだかんだ可愛がって貰ってたのに、進学先言わなかったこと怒ってんのかな。ごめんね岩泉さん。俺が烏野を選んだ理由は兄ちゃんが怖かったからなんですよ。先輩たち居るし、友だちも居るし青城行っても良かったんだけどさ。兄ちゃんが烏野選ばなかったらぶっ飛ばすって脅してくるから、烏野にしただけなんで。うん、本当にそれだけ。
「アッあとで!あとで、ちゃんと差し入れ渡しますから許してください!!」
「差し入れ?」
「……はぁ、コイツ中学ん時は料理部だったんだよ。んでよく食いモン貰ってたんだ」
しゃーねぇ、ひとまずそれで許してやっか。岩泉さんの大きくてゴツゴツした手が、俺の頭を乱暴に撫でる。おおー、この感じ、懐かしいなあ。
「会えたらいいなって思って、岩泉さんが好きだったレモンのパウンドケーキを作ってきました」
でへへ、と締まりのない笑顔を晒せば、斜め上にある岩泉さんのお顔が多少綻んで、撫でるスピードが上がり、向かうに立つ部員の方々は笑いを堪えてた。何故?
20200417