少年漫画と少女漫画、どっちがいい?

「いやあ、相変わらずの人気っぷり!」
キャットロードから聞こえる黄色い歓声は、いま体育館にやってきた及川徹のためにある。彼は黄色い歓声の持ち主である彼女たちにニッコリと笑って、アップへと歩いてった。相変わらずの爽やかさ!!俺はとっくにあの人の腹ん中を知っているので、いっそ清々しい。田中は気に食わないようでキレてたけど。

「影山が知ってるってことは、葵も知ってる?」
「ええもちろん。俺がバレー部に連れ込まれた張本人ですからね、あの人」
「あー、ライバルがどーのこーのってやつ?」
「そーです。及川さんは頭もいいんで、ほんとやんなっちゃうんですよねー」
何度うまいこと言いくるめられたことか。俺もそこまであほじゃないんだけど、あの人は人の考えのその先を行くというか。躊躇いがないって言うのが正しいかな。自分の考えを、疑ったりしない。蓄積された情報が、あの頭の中には入ってるから。疑う必要などない。ただ、信頼するだけ。
容姿バッチリ、勉強もそこそこ、スポーツはずば抜けて抜群、女子にモテて女の子は選り取り見取り。そんな彼が一番欲するものが、どんなに足掻いても手に入れられないものがあると知ったら、周りの人間はどう思うんだろう。あの人を見てるとよくそんなことを考えた。あんなに満たされているように見えて、及川徹は何ひとつ満たされていない。バレーボールにおいて彼は、まだまだ満たされきれていないのだ。

「ほんと、どこの少年漫画だってんだ」
「え?」
「こっちの話!ってちょい影山!タオルこっちよ!それさっき日向が掴んでたからね、変えておこ?」
「あざっす」
及川さんが、バレー楽しくて仕方ないんだよねって俺に笑って話してくれる日が来たらいいなーなんて、暢気に考えすぎだろうか。

「いくら攻撃力が高くてもさ……その”攻撃”まで繋げなきゃ、意味なんてないんだよ?」
未来のことは分かりっこないから、やっぱりそう思うしかないよね。


***


「私、先にバス行ってる」
「はーい。ボトル系は置いといてくださいね。力仕事は俺の仕事ですから」
「うん。でもこれは持つ」
潔子さんが用意しているマネバックを片手に、彼女は体育館を出て行った。各々ジャージを羽織った部員たちもそれに倣って体育館の外へと歩き出す。周りを見やれば、青城の部員たちも歩き出してて、どうやらお見送りしてくれる様子。
両校の挨拶はまるで地響きのようで、野球部じゃないのになあーとか、あほみたいなことを思ったりした。

「いわいーずみさん!こちらが本日のお礼の品でございます」
「おお。なんか賄賂みたいだな」
「まあある意味賄賂っちゃ賄賂ですよね……このおかげで仲良くしていただいてたわけだし…」
「別に菓子があろうがなかろうが、お前と俺の仲だろ」
「っくう!!久しぶりの岩泉節!!沁みる!!漢だ!!かっこよすぎる結婚してほしい!!」
「なにこの子、頭弱いの?」
「いつもこんなんだぞ」
例の物ことレモンピールとくるみのパウンドケーキが入った紙袋を渡せば、またその大きな手が俺の頭をガシガシと撫でてくれた。いっつもこんなことをしてくれるもんだから、俺も岩泉さんに懐くわけですね。茶々入れてきたピンク髪のお兄さんは、俺のことなんて眼中にないようで紙袋の中身を覗いている。ううん、部員全員分はないけど、メンバー分はあるかな。ちょこっとだけ話したことあった一年生も居たし、行き渡るといいけど。

「はあ?!なんで??俺が連絡しても一度も返事を寄こさなかった男がここにいんの!?」
「ノンブレスまじウケる」
「あ、青城でもそんな扱いなんですね」
「及川なんてそんなもんでしょ」
「先輩方も辛辣ぅ」
「ちょっと!!無視しないで!!」
後ろからやって来た及川さんに肩を掴まれ、グラグラと揺らされる。あーもー、岩泉さんに許して貰えたからって安心してたけど、こっちの方が厄介でした〜死んでしまう〜日向みたいに帰りのバスで吐いたらどうしよ。潔子さんに白い目で見られるのは勘弁してほしい。

「無視したことは謝りますよ、俺卒業前に携帯ぶっ壊したんでデータ飛んじゃって」
「そんな言い訳聞きたくない!!」
「いやほんとだから!!兄貴に土手から落とされたときに、勢い余って川に落ちたんすよ!!!」
「……うん、本当っぽい」
「だから本当だって言ってんじゃん!!もう!及川さん用のクッキー持って帰りますよ?!」
「はあ?俺にそんな口きいていいわけ?俺が一番で葵は二番なの!これは一生変わらないの!!」
「はいはい。分かってますよ身に染みてますって。あの紙袋の中にひとつ、別で小包みが入ってるんで、それがスノーボールです。ココアとミルクとありますからね」
「ふん!せっかく作ったのに食べてあげないのは可哀想だからね。食べてあげる」
「相変わらずつっけんどんしてんなお前。入学式で葵が居なくて発狂してたのは誰だよ」
「だー!言わないで岩ちゃん!それは内緒にする約束でしょ!!」
今にも取っ組み合いを始めそうなふたりのそばをスルッと抜け出し、黒髪のお兄さんの横に立つ。料理が得意なの?なんて聞かれたから、大人しく返事をしておいた。この人、ポーカーフェイスの類だな。表情がなかなか変わらん。わかりにくい…。

「名前は?」
「如月葵です。先輩のお名前は?」
「松川一静。あれは花巻ね」
「松川さんに花巻さん、おっけーです記憶しました」
「よく名前だけ聞いてたから、どんな子なんだろうって思ったけど、ただのイケメンだったわ」
「な、なにをそんな……顔面は母上に感謝なだけなので……」
「否定はしないんだ、おもしろ。あ、あれ俺も食べていい?」
「どーぞどーぞ。お口に合うといいんですけど」
それじゃあそろそろお暇します。怒られそうなんで。松川さんにそう伝えて、喧騒のなかを抜けだした。それに気づいた及川さんと岩泉さんがなんか叫んでたけどムシムシ。ほぉら、バスの入り口で大地さんが仁王立ちで待ってるじゃん。もーすこし早く来るべきでした。学習してね、未来の俺。


***


「なんでふたりがそんなに構うのか、気になる」
「なあにまっつん。葵に惚れた?」
「きしょ。あ、岩泉それ一個ちょうだい」
「おー」
「返事それだけ?!ねぇ?!」
「うんま!なにこれ、女の子の差し入れより美味いじゃん。いやまあ?好きな子の差し入れよりはね、あれだけど」
男が四人、部室でケーキを囲んで座る姿はそれはそれは滑稽だろう。綺麗にカットされたそれは、レモンの香りがふんわりと漂っている。すごいな、あの男がこれを作ってんのか。岩泉は無心でケーキを頬張っていて、ガキのようだ。突っ込むのはやめておくけど。

「アイツさあ、顔良し、性格良し、勉強できて料理もできる!で女子からまあ人気なわけ。んでね?極めつけにスポーツが点でダメなの。何回かバレーさせたことあんだけど、何回顔面にボール当ててたことか」
「顔面レシーブうめぇよなアイツ」
「それがまた可愛いーとか言ってモテるわけ!ムカつくじゃん!俺よりモテるとか噂されててさ!女子が及川派と如月派で分かれるとこまでいったんだよ」
「なにそれ政権?ちょうおもれー」
「北一出身は馬鹿しか居ないの?」
「おい花巻、俺も居れんなよ」
「でも結局嫌いになれなかった的な?」
冷静にひと言添えれば、黙る及川。えー、そういう感じ?確かに、岩泉に頭撫でられてるときの如月葵は、すんげぇ嬉しそうな顔して撫でられてたけど。一部の類じゃ男に人気ありそーとか思ったけど、まさかこいつらがその類なわけ?

「……まあ、それ以上は突っ込んでやるな」
「え、珍し。岩泉が及川のフォローすんなんて」
「岩泉も思うところがあるってこと?んまこんだけ美味いもん作れたら、胃袋掴まれちゃうよなー」
阿保な花巻と喋らない及川は放っておいて、そのまま岩泉への尋問を始める。口の中に広がるレモンがまた、甘酸っぱさを加算して青春っぽさを演出しやがるもんで、困る。んー、次彼に会えるのはいつだろうか。


20200418