欠けたネイルの治し方

「さて、私が今夜いただく夕飯は」
「は?」
「やめろ縁下!!そんな目で俺を見るな!」
「突然の小芝居だったんでつい……」
「おい葵!!オレにもおにぎり寄こせ!!龍ばかりずりぃ!!」
「同クラのよしみです〜校長のズラ吹っ飛ばした人にはあげませ〜ん!」
「西谷と如月、はじめましての割にもう仲いいよな」
「お互いに認知はしてたんだろ」

モップ掛けの途中、最近よく流れるCMのモノマネをしだしたら、縁下にめちゃくちゃ冷たい視線をあてられた。悲しい。君はノッてくれる時とそうじゃないときのギャップが激しすぎやしないかい?ちなみに今夜の晩御飯はオムライスです!!ぎゃいぎゃい言ってくる西谷と格闘している間に、潔子さんは身支度を終えたらしく名前を呼ばれた。走って体育館入口へと向かえば、それが新しい火種となったようで、再び西谷が飛び掛かって来た。

西谷のことは田中との話の中でよく名前を聞いていたし、人物も知っていた。直接関わりはなかったけど、向こうも俺を知っていたらしい。とは言え、バレー部に入ってから怒涛の毎日だったので、今日の今日まで彼が部停を喰らっていたことをすっかり忘れていた。そういや田中がそんな話してたわ。珍しく田中が寂しそうな顔してんな、ってことに思考を持っていかれてたんだな、あんときの俺。

西谷が部活にやって来て、活気が戻りつつある烏野男子バレー部は、まだまだ完全体制じゃないらしい。エースと呼ばれる三年生がまだ戻ってないんだとか。だから西谷は正式に部活に戻るんではなく、1年生にレシーブを教えてあげるコーチをやるんだとか。天然おだて上手の日向のおかげって感じだったね、西谷のこと追っかけて行ってさ。『レシーブ教えてください!!』なんて、あのキラキラ目に西谷もやられたんだろう。俺は経験者だからな、その辺の事情は詳しいんだ。

「あの、葵さん」
「んー?どったのトビオくん」
「……それ、及川さんのマネですか」
「真似じゃないよ、腹いせさ!!影山、今は俺の後輩なのに及川さんがトビオちゃんで俺が影山って呼んでるの、及川さんのが仲良しです〜ってされてるみたいでムカつくじゃん?だからね、トビオくんは今日も元気ですってメッセ送ってんの。嫌だった?」
「?及川さんと連絡取ってるんスか?」
「やけにメッセ送って来るからさ〜3回に1回返事してる感じ。って、そんなこと聞きに来たの?」
「いや……GW合宿、葵さんが料理すんのか、気になって」
一年の時に食ったシチュー、また食べられんのかなって。
おいおいおい、180センチ越えの男にキュンとしてしまう来世を誰が予想した?!ハートがキュンキュン急接近だわ馬鹿野郎!!それってつまり、俺の手料理がまた食べたいから、合宿で俺に作ってくれって言ってるってことだろ!?中学ん時はほとんど話したことなかったのに、俺が作った料理を覚えててくれたのかトビオくんよ!!ぐああー可愛い!なんて可愛いんだろう!!俺は思わず、背伸びして右手で影山の頭を撫でた。

「料理は潔子さんと武田先生と三人でやるつもりだよ。でも潔子さんと仕事分担するだろうし、俺が料理はメインで任せてもらえたらなって思ってる」
「!!じゃあ、」
「シチュー、献立に組み込んでおくよ」
拝啓、ニューヨークに居る母さんへ。俺は十七歳にして、後輩に愛おしさを感じています。


***


「珍しいね、京治くんが学校に居る時間に電話してくるの」
『ダメだった?』
「俺がダメって言うと思うの?もー、京治くんはそういうの、女の子にしちゃだめだよ?期待させちゃうんだから」
『葵にしかしてないよ』
「だぁから!それもだめだからね!!お母さん怒りますよ!!」
『葵のご飯が食べたい……』
「え、聞いてない?てかなに、京治くんが弱っているじゃないか」
教室でお弁当食べてたら突然鳴り響いた俺のスマホ。授業中じゃなくて良かった〜なんて思いながら画面の電源を付ければ、赤葦京治の名前。基本的に、京治とのやり取りはメッセがメインだし、なんなら電話をかけるのは9割がた俺からなので、心臓が飛び跳ねた。何かあったんだろうな、きっと。そう思って食事の手を止めて廊下へと出た。5時間目は先生が出張で自習って言ってたし、最悪そん時にご飯食べればいいや。
人出が少ないところへと向かいながら、全神経を耳元へと追いやる。

『端的に言えば葵不足。長文で説明するなら葵に会ってなさすぎてしんどい』
「長文でもなんでもない!!」
『……ごめん、ちょっと疲れてただけ』
はぁ、だなんてこれまた珍しいため息が電話口にこぼれる。俺の前でため息なんて滅多にこぼさないのに。相当やられてんな、これ。
京治は部活が新体制になった時、レギュラーメンバーの座を勝ち取ると共に副キャプテンに任命されたそうだ。理由は色々言ってたけど、京治は冷静に物事を判断できるし、頭がキレるし、感情に身を任せて怒鳴ったりしない。知らず知らずのうちに人をフォローしているような、居なくなった時にその有難みを実感できるタイプの人だ。副キャプテンに任命したい監督さんの気持ちもよく分かる。誇らしいよ俺は、とか言ったな、教えてもらった時。でもきっと、俺の知らないところで色々大変なことがあるんだろうな。

「京治、俺ね、バレー部に入って初めて、京治が見てる世界を垣間見てる気がして、嬉しいんだ。今までは京治が話してくれる情報でしか知らなかったけど、セッターって凄いポジションじゃん。あんなに大変なポジションを任されながら、副キャプテンとして部内の調整までしてる京治はほんと凄いし、こちら俺の自慢の幼なじみです!見てください!!って世界中に自慢したいくらい、誇らしいよ」
『……うん、』
「何か言ってくる奴とか、居るかもしれないけど、京治は京治のことを認めて信じてくれてる人のことだけ見てればいいんだよ。京治の大好きなボクトさん?だっけ。ボクトさん見てたらそんなこと、ちっぽけに見えてくるよきっと」
『一番は葵だけどね』
「ん?俺の話聞いてた?実はもう元気なんじゃ?!」
『うん。葵の声聞いてたら元気出た』
「単純!!!なんか俺カッコつけただけになってない!?ちょっと恥ずかしい!武ちゃんのポエミー映ったかも」
葵の自慢であり続けられるように、また頑張るね。
電話の向こうが少し騒がしくなる。京治の声も、最初よりワントーン上がってるし、大丈夫そうかな。俺が喋るだけで、京治が元気になってくれるならいくらだって話すから、いつだってこうして頼ってくれたらいいんだ。この世界でたった一人の、大切な幼なじみなんだもの。

『夏休みは会えるかな』
「お盆とかなら帰れるかなーって願ってる。俺もなんだかんだ、京治くん不足だもん」
『……それ、女の子に言うのはやめなよ』
「京治くんがそれ言う?大丈夫、俺も京治にしか言わないから」
そのあともくだらん言い合いを二言三言やりあって、赤いボタンを押した。早めに夏休みのスケジュール聞いておこうかなあ。昨日ゴールデンウイークの予定が決まったばかりなのに、気が早いって思われちゃうかな。スマホを学ランのポケットに閉まって教室へとのんびり歩く。
そしたら向かいに見覚えがありすぎる黒とオレンジ、さらには影山より背が高くてガタイがいい生徒がひとり、廊下にたまっていた。

「あ!葵さんだ!!」
「葵さん、ちっす」
「やっほー。えっと、そちらは?」
旭さんです!!突然紹介されたその人は、高身長を縮こませながらこちらを見ている。あさひ、アサヒ、あああの?!あのアサヒさんですか?エースってやつ?西谷が部活に戻ってこない原因の人?

「ってことは三年生じゃないですか!すみません一年が、」
「あ、ううん。大丈夫。えっと、君は?」
「俺は二年の如月葵です。二月半ばくらいからマネでバレー部に入部しました」
「スガが言ってた子か、はじめまして」
「ご挨拶が遅くなってすみません」
大丈夫だよ。困り顔のアサヒさんは、片手を後頭部にあてながら謝るように言う。ううん、エースって言うからもっとふんぞり返る感じの人なのかと思ってた。あるいは岩泉さんのような男の中の男!って感じの人かと。どちらにも当てはまらないなあ、道端のお花とかに話しかけちゃいそうな男子だ。

「で、ふたりはアサヒさんを困らせてたの?」
「困らせてなんて!お、俺はただ、2,3年生がギスギスしてるのが嫌で」
「俺はコイツに連れてこられただけです!」
「な、影山だって嫌だろ!!」
「おーおー、お前さんらはまたこちらだけの事情で乗り込みやがってもう……すみませんアサヒさん。ふたりも悪気はないんですけど」
そう言いながらふたりに教室へと戻るように促す。影山は去り際に何かをまたアサヒさんに言ってたようだけど、日向の声で全く聞こえなかった。

「失礼しますね、アサヒさん」
「ありがとう、少し困ってたから、助かった」
「いえいえ。……俺も細かい事情知らないので、首突っ込むのどうかなって思ってたので……お顔だけでも見れて良かったです」
「……そっか」
「はい。あ、でも、あのふたりのフォローをほんの少しだけさせてもらえるなら、…アサヒさん、後悔のない選択ができるよう祈ってます」
今一度頭を下げて、一年生ふたりの背中を押しながら階段へと向かう。アサヒさんは、前の試合でエースだから徹底的にマークされて、”潰された”らしい。エースって、点をもぎ取るだけでなくチームの支柱にもならないといけないのかと思うと、荷が重い仕事だなぁなんて他人事のように思ってた。でもさ、さっき京治と電話してたから思うんだけど、バレーボールって何もエースがすべてってわけじゃないよね?セッターの京治はあんなに悩んでいるし、スパイカーたちもみんな、試合に勝つためにどうしたらいいのか、日々模索してる。勝つための策がたくさんあるほうが強いんじゃないのかな。そんなことを思いながら、問題児ふたりと別れて自分の教室へと戻る。あんなにやさしい顔をした人が、どんなプレーをするのか、見てみたいな。


20200420