その昔、ライブで共演したアイドルグループに、ファン投票によりメンバーを決める総選挙型グループがあった。某グループは既にメンバー入りしている子たちが熾烈な投票結果をもとに、選抜メンバーを決めるものだったけど、彼らはグループに入れるかどうかを決めるものだった。共演したときはまだまだお披露目期間だったらしく、二十人が3つぐらいのチームに別れてライブに参加していたけど、二ヶ月後に一緒になった時には七人しかいなかった。選ばれなかった彼らは、次の日からまた一般人としての生活が始まったそうな。ファン参加型のオーディションは、ファン自身もアイドル自身も疲弊しやすいが話題性があるから当時はあちこちで似たようなことをやっていた気がする。俺はあんまり、そういうの得意じゃないんだよねって感謝祭で話したら、そのあとの握手会で私も葵くんにはそんな地獄みたいなとこで生きて欲しくないって言われたなあ。ねぇお姉さん、アイドル業界で生きてくのもなかなか地獄だと思うんだけど、どう?なんて言えるわけもなく。
なんでそんなことを唐突に思い出したかと言うと、昨日の部活は武ちゃんが連れてきた新しいコーチとやらが烏野メンバーの力量を見るために試合をしたのだ。青城戦は相手方からメンバーのご指名を受けていたから大地さんが選抜したわけだけど、うちには優秀なセッターがふたりも居るもんで、どっちが出るのかのレギュラー争いが本来は勃発するのだった。スガさんと影山。スキルだけで言ってしまえば影山を選ぶが、三年間で培ってきた関係性とメンバーとのコミュニケーションといった面ではスガさんの方が上だ。どちらを試合に出すか、その選択を迷う会話を聞いてて、ああここでもそんな地獄みたいな世界が存在するんだと、思い出されたのだ。
「むしろ、ファン投票のが優しくない?コーチがひとりで決めるより責任が分散されるし」
「?なんの話ですか??」
「あ、ごめんこっちの話。もう少し押しても大丈夫?」
「大丈夫です!もっと押してください!!」
口からこぼれた言葉を誤魔化して、日向の背中をぎゅーっと押す。そんな日向だって、レギュラー争いをしてるひとりだもんな。高校生の部活で、こんな経験をすることができるんだと、二度目の人生で学ばせていただいてます。俺、コーチはやりたくないな。
***
「じゃあ練習は私がやっておくから、買い物からお願い。お金はこれ。……本当にひとりで大丈夫?」
「大丈夫ですって!日向にチャリ借りるんで!」
「なら良かった。運ぶの大変そうだったら電話して。駐輪場まで行くから」
「はーい!……潔子さん、お弁当自分で作ってるんでしたっけ」
「その日によるけど、今日は自分」
「おお!玉子焼きめっちゃ綺麗なんで、思わず聞いちゃいました」
昼休み、今日からバレー部は五日間の合宿が始まるので、俺は潔子さんのクラスでお弁当を食べていた。俺はこういう部活の合宿での勝手が分からないから、潔子さんが色々指示出しをしてくれるのがとてもありがたい。来年はこれを俺一人がやるんだって思うと、これまでひとりでやり続けてた潔子さんを尊敬する。
周りから感じる視線をあまり気にしないようにしつつ、潔子さんとの会話を進めていたのだけど、不意に目に入ったお弁当箱の中の玉子焼きに目を奪われた。断面がきめ細やかで、まさに潔子さんが作りました!って感じで、超うまそう。
「食べる?」
「へっ?」
「食べたそうにしてるから、はい」
急展開とは、こういうことを言うのだろう。ここに居たら田中か西谷は卒倒してるだろうし、日向は泡を吹いて倒れるかもしれない。潔子さんは、玉子焼きを掴んだ箸をこちらに向けており……これは所謂、あーん、である。彼女が居ない歴=年齢の俺にも分かります。さっきまで目福〜とか言ってた女子も、ピキリと空気を変えているし、男子からの視線がめちゃくちゃ痛いものに様変わりした。そりゃあそうだ、あの潔子さんだぞ。バレー部のマネは美人って噂が立つ人だぞ。そんな人が、二年のくせに教室に入り浸ってる奴が一緒に飯食って挙句あーんしてるって、どんな状況?
「えっと、その」
「……いらない?」
「いります!!食べます!!」
美人のしょんぼり顔とか敗北しか道は無い。俺は慌てて口を開けて、箸へとかぶりついた。程よい甘さ、潔子さんちの玉子焼きは甘い派なんだ。田中に教えてやろ、なんて考えている周りでは軽い悲鳴が湧き上がっていた。
「なんか騒がしいと思ったら……お前ら、いつから?」
「ちっ、違います!俺は友だちを裏切ったりしません!」
「清水も随分、大胆なことするんだな……」
「だって、葵は弟みたいだから。玉子焼き、欲しそうにしてたし」
「あはは、だよね。清水はそういうやつだよね俺は知ってたよ」
「スガさん!!てか潔子さん、俺のことそんな風に思ってくれてたんですか?!」
「私に弟が居たらこんな感じなのかなって、いつも思ってる」
廊下からやって来た三年生ズに囲まれて、俺の隣にはスガさんが座る。周りの悲鳴なんぞなんのその、潔子さんは変わらぬ表情でお弁当を食べ進めていた。さすがである。
「大丈夫か葵、手が止まってるぞ〜」
「……俺、弟みたいって女子に言われるの初めてで、いまとてもときめいています。兄貴じゃなくて姉が欲しかった……」
「話には聞いてたけど、如月って結構変わってるね」
「顔面と中身のギャップがな、俺はスポーツしてる時の如月が一番好きだけど」
「大地さんそれ馬鹿にしてる!俺を馬鹿にしてる!」
「葵、ちょっと声大きいよ」
「はい!すみません!!」
「あはは、もう姉弟にしか見えない」
***
「んもー!!なんで日向はこんなにすばしっこいのかな!!」
合宿二日目。外周のサポートとしてチャリでみんなの前や後ろを走ってたら、日向が消えたとか言い出して俺は捜索へと移った。今の今までみんなで走ってたのに、なんであの子ははぐれたりするんだろう。まあ彼はひと山超えて学校へ来るくらいだから、この辺の道は分かるだろうけど、もしも途中で熱中症なんかになられたら困る。合宿はまだ始まったばかりだというのに。
何回か住宅街の角を曲がり、十個目の曲がり角でオレンジ頭を見つけた。
「ひーなーたー!!」
「ひゃいいい!!!」
「もう、勝手に居なくなんなよー」
チャリから降りて、両手で頭をぐしゃぐしゃーっと撫でてやる。謝りながらもどこかウキウキしてる日向がそこに居た。
「なんかいいことあった?」
「いいことっていうか、他校のバレー部に会って」
「へぇーこの辺の高校?」
「いや、迷子って言ってました。研磨って言うんですけど、学校聞きそびれて……あ、で!セッターだったんです!」
漕ぎます!なんて言ってくれるもんだから、日向と二人乗りで住宅街を駆けていく。本当はダメですよ、片田舎なので許してください。
日向はみんなと離れてしまっている間にお友だちができたそう。研磨くんって子はセッターなんだけど、影山とは全然違って超静かで、別にバレーが好きなわけじゃないんだけど、みんなが困るからやってるんだとか。え、なかなか不思議ちゃんじゃない?メンバーが強いと聞いて、日向のバレー大好きボルテージが上がってしまったみたい。
「また会えるといいね」
「はい!!あ、でも、研磨さっき『またね』って言ってて」
「またね?じゃあ会う予定でもあんのかな」
「それがさっぱり……でも、次会ったら連絡先聞こうって!俺、他校の友だちとか初めてなんで!!」
そうしたまえそうしたまえ!と可愛くて思わず頭を撫でたら、運転出来ません!と怒られてしまった。すまない日向……。
20200420