ミステリーキャッツ

明日は合宿最終日。毎日、部員全員分の食事を三食作るのはまあまあ大変で、世の中の食堂のおばちゃんたちに感謝感謝の日々でした。今晩は影山ご所望のシチューを作ったんだけど、影山が三杯もおかわりしてて笑ってしまった。そんなに美味いの?って聞いたら、三年間ずっとこれが食べたかったんですなんて言われたもんだから、プロポーズされたのかと勘違いしました。ごめんね、影山のことをカッコイイと思っている女子たち。彼は俺の作ったご飯に夢中なようだ。
練習試合に向けて配られたユニホーム、を抱きしめている日向を可愛いなって思いながら俺は明日のスケジュールを再確認してた。嬉しいよね、自分のためのものって。俺も、初めてユニットのために作ってもらった衣装、嬉しくてしばらく一緒に寝てたもんな。日向に与えられた背番号は、彼が烏野に来るきっかけとなった憧れの選手と同じ番号だそう。運命的だなあ、彼は中学時代に男子バレーボール部が無くて試合も寄せ集めメンバーで出てたらしいから、こうやって揃いのユニフォームで試合に出られること自体が嬉しい、って話も相まって、ちょっと涙が出そうだもん。名前の通り、太陽みたいな子だよ。

「なあ、シティボーイに負けないためにはどうしたらいい」
「やっぱりガン飛ばすっきゃなくね?」
「シティボーイて、相変わらず東京への偏見が凄くない?」
「都会っ子には一度痛い目見せねぇと、馬鹿にされんだろォ!?」
「されませんから!!田んぼ多いなー畑多いなーコンビニ少な?!ぐらいしか思わねぇ」
「それも馬鹿にしてない?」
「事実だから仕方ない。東京はセブンの向かいにファミマがあるなんて普通だからね。大通り歩けば5分につき一件コンビニあるから」
てかんな阿保なこと言ってないでお風呂行こう?明日は朝から移動だよ。スケジュール表を見つつ、周りの二年に言う。そろそろ三年生も出てくる頃だろうし、明日は朝食食べたら、すぐに近所の体育館に移動しなきゃならないんだから、昨日までと同じように起きたら絶対間に合わない。アップとかすんだろう?俺は最悪飯食わないで行ってもいいけど、選手はそんなことできないしね。潔子さんをお守りするのは俺だぁあああ!!とか叫んでるふたりの後頭部を引っ叩いた縁下に拍手喝采を送って、俺たちも風呂へと動き出した。


***


「これが噂の音駒高校……」
真っ赤なジャージの下は真っ赤なユニフォーム。烏野のあずき色ジャージもどうかと思ってたけど、こうも原色のジャージを見てしまったら、あずきのがマシな気がしてきた。いやまあ、大学と同系列の高校とかだと学校カラーがピンクとかオレンジだから、ジャージがその色っていうのは東京じゃ結構あったけどさ!!それにしても派手じゃない?金髪プリンとソフトモヒカンだよ?!キャラが濃すぎる。俺には勝てぬ。

「すっげぇ……なんか、青城とは違う感じの”チームとして鍛えられた”感がありますね。型が決まってるっていうか」
「葵もそれらしいこと言うようになってきたね」
「そうですか?勉強の成果が出てますかね…」
ベンチの横で控えで居るメンバーの中に混じる俺。潔子さんはスコアを付けてるので、俺は試合を見たりボトルの追加とかタオルの準備とかをしてる。潔子さんのが圧倒的に頭がいいので、この分担が一番しっくりくんだよね。っとぉ、ここで烏養コーチが椅子から転がり落ちながらタイムを取った。

「あっおっ、お前のトスを信用してないとかじゃなくてだな…なんだろ…」
「何焦ってんだお前」
音駒は既に型が出来ているチーム。攻撃スタイルも、守り方も、たくさん沢山、練習してきたんだろう。対してこちらはこの五日間でようやく地固めできたような状態。きっと選手たちも、まだまだ模索してる。そんな中で、一年生の日向が精一杯なにかを成し遂げようとしているのなら、こちらとしても何かしてあげたいって、思うのが先輩だろう。そう思いながら、ドリンクを飲んでる田中の背中を叩いてやった。吹き出しちゃったから怒られた。

「なんか、向こうはスガさんや大地さんがいっぱい居るって感じがする」
「え、なにそれどういうこと?」
「頭のいい人、というか。ゲームメイクできる人って言うんですかね……俺その辺の用語まだ分かんないんですけど、冷静に物事の判断ができて、その場の対処だけでなく二手三手先を考えられる人が沢山いるって感じがします」
だってほら、いまの攻撃もさっきの攻撃があったから釣られてる。
向こうのキャプテンが絶好のチャンスとばかりに決めた”一人時間差”と呼ばれる攻撃。普通にやっても引っかかる人は大勢居るだろう攻撃も、その前に完璧な攻撃を”見せて”おくことで脳がそのイメージに引っ張られる。人は脳内にこびりついたイメージからはなかなか逃げられない。怖いな、って思った人のイメージが覆せないのはそういうことだ。それ以上のインパクトがないと、記憶されたそれが消えることはない。

「葵ってさ、記憶力いいよね」
「そうですか?普通だと思うんですけど……あ、人の顔と名前覚えるのは得意です!」
「それだけじゃないよ。なんか、相手がどう思って行動したかとかも覚えてるじゃん。葵の記憶は、常に点と点が線になって繋がってる感じ」
「……スガさんの言葉選びが択一すぎて、俺の理解力が追いつかん……」
「ただ褒めてるだけだよ。……いつかそれが、俺たちの力になってくれたらいいなって俺は思ってる」
「、へっ?」


***


「葵さん!こちらが研磨です!」
「おお研磨くん!!日向のお友だち!」
「えっ、あっ、う、……」
「日向がね、連絡先教えて欲しいんだって。研磨くんはおっけー?」
「……別に、いいけど、」
「良かったね日向!他校のお友だちできたじゃん!」
「あざーす!葵さんのおかげ!!そーだ、研磨も一緒に食べない?昼飯!葵さんのご飯めーっちゃ美味しいんだ!」
「いや……俺たちは…」
「ごめんなあチビちゃん、俺たちは新幹線の時間があんだわ」
日向に引っ張られながら研磨くんとお喋り、という名の自己紹介。一方的にこっちが喋ってるだけだなあ、と思いつつ、なんとか返事をしてくれてるのを見て、よく日向はこの子とお友だちになれたななんて思う。研磨くん、絶対苦手なタイプじゃない?日向みたいなキラキラボーイ。どうなんでしょ。

「烏野のマネなんだって?ドリンク、うちの分もやってくれたって聞いたわ。ありがとな」
「いえいえ!うちはふたり居るんで、それくらいお安い御用です」
「……顔が良くて謙虚ときた。なんだよただのイケメンじゃねぇか」
「……え?」
「お前絶対女子にモテるタイプでしょ。なんで男バレのマネージャー?」
「あ!葵さんは運動ができません!顔はカッコイイけど、運動だけはNGです!!」
「元気よく言わないで日向!!事実、事実だけど!!さっきもボールにつまずいて縁下に爆笑されたけど!!!」
なるほどドジっ子……。意味の分からん尋問に戸惑いつつ、音駒のキャプテンさんから逃げられやしないだろうかと周りを見やる。それぞれがそれぞれで会話してて、どーにも助けを呼べない。居るのは目の前でキャプテンさんに隠れようとしてる研磨くんぐらい。

「ねえ研磨くん、甘いもの好き?」
「……普通」
「研磨くんが音駒の脳ってさっき聞こえたんだけどさ、試合中めっちゃ頭使ってるってことだよね?てことは、糖分を今欲してるかなって思うんだけど、どう?」
キャプテンさんが日向と話してる間に、横にずれて研磨くんにひたすら話しかける。なんとか質問に頷いてもらった俺は、プレゼントをあげるという理由をこぎつけてその場を離れた。
帰り際、カバンから取り出したタッパーを手にして研磨くんの元へと走る。部員たちはみんな、後ろでコーチと話してるから今がチャンスだ。

「研磨くん、これ、さっき言ってたやつ」
「……おっきくない?」
「タッパーがでかいだけなんだ。ほら、中身はこんな感じ。リンゴとヨーグルトのケーキなんだけど、嫌いじゃなかったら好きなだけ持って行って」
「……ありがと」
ラップに包まれたそれを、研磨くんはふたつ手に取る。これは、買い出しに行ったときに通りかかった八百屋で、真っ赤なリンゴを見つけたからおやつにしよーと手に取ったら、おばちゃんが烏野の生徒ならおまけしてあげるって言って、2個の値段で5個くれたからいっぱい作ったケーキなのだ。今日のミーティング中にでも出そうと思っていた。

「また会えたらよろしくね」
「うん。……またね」
研磨くんはまさに猫、なかなか懐かない猫ちゃんって感じがして、俺の奉仕精神が疼くのかもしれない。懐かない子ほど構い倒したくなる。いまも、お礼を言った時の表情が、美味しい餌をくれたときだけにする表情って感じがして、胸の奥がきゅうっとあったかくなった。ハッピーすぎる。

「おーい葵!!腹減った!!」
「俺はお前の母ちゃんじゃない!!!」
「葵さん、昼は何ですか?」
「ドタバタしてたからね、牛丼だよ牛丼!炒めてドーンだからね!!トビオくんは卵乗っけようね!!」
「おいコラ俺への態度と違いすぎんぞ」
「お前は散々俺からの愛を受け取ってんだろ。おにぎり返せや」
「田中さん、いつもおにぎり貰っててズルいです!!」
「いいだろ、これが同じクラスってやつだからな」
「だからもっと田中は俺を敬って!癒して!田中には癒しが足りん!」


20200421