Worriesを探せ

普通、人生ってのは一度きりであって、いまこの瞬間の出来事は二度とやってこない事象なんだけど、それを自覚したことでいまを大切に生きようとか、一日をもっと有意義に過ごそうとか、そんなことを考えながら過ごせる学生なんてほとんどいやしないと思う。目の前のことに必死になって、一生懸命になって、明日を迎えることで精一杯だ。それが、モラトリアム期間を生きる学生に許された権利だと、俺は思う。

「心配することなんか何もねぇ!皆、前だけ見てけよォ!!背中は俺が、護ってやるぜ!」
公式ウォーミングアップ中はボール拾いでアリーナに居られる。審判が試合開始の合図を鳴らせば、俺はここから居なくならなければならない。そんな貴重なこの時間に、西谷の超かっこいいお言葉がふって来る。ほんっと、西谷って岩泉さんタイプだよね。ザ・男って感じ。おバカさんなので結婚してぇ!!とはなりませんけど。

「大丈夫そうですね!」
「うん。如月は上に行くの?」
「はい!あっちから見てますからね、旭さん!」
「ありがとう。……行ってくる」
旭さんが両手を上に広げる。俺はそれに習って、両掌を思いっきり叩いた。パシン!といい音が二人の間に鳴り響いて、それを合図にするかのようにみんなが俺にハイタッチをする。一瞬、自分もチームの一員だなんて錯覚してしまいそうな、そんなむず痒さが胸を駆け巡るけど、気づかない振り。
初戦を突破した烏野は、次に伊達工業高校と二回戦を行う。どうやらこの学校は、西谷と旭さんがバレー部から離れていた原因の対戦相手のよう。『伊達の鉄壁』だなんて異名を付けられてるような学校で、とにかくブロックが凄いんだとか。この試合は、負けのイメージを払拭させるのにも重要な一戦だとコーチも言っていた。

基本的に怪我をしなきゃ俺の出番はそうそうないし、上から見てることで戦略的なことが何か分かるわけでもない。俺はただ、試合展開をここから眺めていることしかできなくて、ただただ、手摺を握る手が強くなっていくだけ。先ほどの高揚感など、瞬間的に消えていく。そう、悲観的になる理由もないのにな。

「あ、マネージャーくん」
「あ、女バレのキャプテンさん!お疲れ様です!」
「お疲れさまっ、……あれ…?菅原は出てないのか…」
女バレのキャプテンの声が、さり気なく俺の心に突き刺さる。けれど、当の本人たちはその壁はとっくに乗り越えているのだから、こちらが杞憂に思う必要はない。そう、言い聞かせる。

「良かったらこっちどうぞ。俺、そろそろ行かなくちゃなんで」
「え?試合観ないの?」
「次に当たるかもしれない相手の試合、撮りに行かないとなんです。なんで、みんなが見えるところに是非」
座席に置いてた黒のカバンを担いで、横断幕の前を譲る。さらに隣りには町内会バレー部の方もいらっしゃって、一応挨拶しておいた。今日休日だけどお仕事大丈夫かな?!……てかそうだ、この手元にあるカメラって金髪の人のじゃなかった?

「滝ノ上さん、であってますか?俺、烏野バレー部のマネージャーやってます如月葵です」
「おー!男のマネも居たのか!!あってんぞ!こっちは嶋田な」
「すみませんご挨拶遅くなって。カメラ、お借りしますね!」
「いーよいーよ!わざわざあんがとな!」
ペコっと頭を下げて隣りのコートへと移動した。


***


「ふんふふ〜ん、星をっ、つっかっむたっめ〜」
パソコン画面に映るグルグルを見ながら、懐かしい曲を歌う。こちら地下デビュー1年記念イベントで作ってもらった、オリジナルソングです。なのでこの世には存在しない曲。外で歌うと、俺が作った曲〜って説明するのが面倒なのであんまり歌わないんだけど……。只今、撮ってきた青城の二回戦の映像をカメラからパソコンに落としてる。これをDVDに焼くために、俺はひとり家に直帰した。みんなは今ごろ反省会中だと思う。烏養コーチに今日中に渡すためにこうして別行動してるんだけど、これから先もこうやって偵察みたいなことやってくのかな。コミュ力だけは高めなので、その辺は任せて欲しい。これが、烏野バレー部の一勝に繋がるなら。
ここから二十分くらいは書き出しの時間になるだろうから、パソコンから離れても問題ないな。軽く夕飯の支度だけでもしておこうと思って、キッチンへと移動する。今日の気分はトマトクリームなので、パスタかドリアにしよう。トマトソースはあるし、豆乳も残ってる。ツナとチキンは……ツナにしよっかな。ブロッコリーで彩りすればいい感じでしょ。具材を並べて、やっぱパスタにしようってことで測ろうとしたら、スマホが鳴った。

「もしもし?」
「おー葵、オレだけど」
「……兄ちゃん?」
スマホを耳元から外して今一度、発信者の名前を見やる。ちくしょう、なんで名前見なかったんだ。事前に分かってたら出なかったのに……。以前、同級生たちに話したように、やんちゃしまくってた兄は、彼女の一言がきっかけで改心していまは都内の六大学と呼ばれるひとつの大学に通ってる普通の大学生なわけだけど、根っこの部分が早々改められるはずがなく、彼女の目を盗んで俺をいじめることでストレス発散しているのだ。困り者です。

「今さ、仙台駅に居るんだわ」
「……はあ?」
「あ?おめー誰に口きいてんだよ」
「いやいや、なんで?どうしてこっちに居るの?さっちゃんは?」
「さゆみがいねーから来たんだよ。今晩泊めろ」
「いいけど……俺まだ部活中なんだよね。八時くらいまで戻らないよ」
東京で彼女と同棲中の兄は、たまーにこうやって宮城に帰って来る。実家に帰って来ることもあれば、昔の友だちん家に泊まることだってあった。俺が一人暮らしを始めてからは、家に泊まることはなかったんだけど……。嫌な予感しかしない。

「料理部がなんでそんな時間までやってんだよ?」
「言ったじゃんバレー部入ったって……明日も試合で朝早いから、さっさと寝るし六時過ぎには出るけどいい?」
「おーおー。てかオレも今から行くわ。烏野だろ?」
久しぶりに教頭のハゲヅラ拝みに行くわ!待ってろよ!
恐ろしい発言と共に、耳元に響く通話終了の音色。俺はもう一度パソコンの前に座って、どうにか学校外で兄に会えないか頭を捻った。


***


「……おい、葵すんげぇ顔してっけど大丈夫か?」
「大丈夫、超元気、今なら日向の後頭部直撃サーブも受けられる」
「いや元気でもそれは受けたくないからな?」
「如月がそんななってんの初めて見た。寝てねーの?」
「……ええ。夜中の二時まで海に行ってて、朝までマリカーしてた……どうして俺はあの人に勝てないんだろう……」
昨日はDVDを烏養コーチの元へと持っていき、練習に参加したあと、予定より早く切りあがったので大急ぎで帰り支度をして、兄ちゃんが校内に入る前に会えるよう校門で待ち伏せして帰った。どうしても中に入ると言って聞かないので、必死に宥めた結果、ご飯のあと友だちに借りた車で海へと行き、散々遊んだあとは家でマリカーして過ごすことを条件に出された。試合の前日に何やってんだ俺は……、別に試合に出るわけじゃないけど、ないけど、どうなのよ。まだ寒くて海には入れないって言ってんのに、3回ぐらい防波堤から落っことされたので一生恨む。てかなんでこの季節に花火大量に持ってんだか……意味がわからん。

「俺には構うな。みんな集中したまえ」
「まあ……ご愁傷様」
縁下に二回肩を叩かれ、ウォーミングアップへと向かうみんなを見送る。今日の対戦相手は、及川さん率いる青葉城西高校。中学時代にバレー部に出入りして及川さんたちを知っていたとはいえ、プレーに関してはからっきしだ。こんなことなら、もっとちゃんと見ておくんだったと後悔する。今更だけど。

「整列ーっ!」
大地さんの声を合図にみんながコートの中へと走っていった。こうやって、コートの外に置いて行かれる感覚を、俺はなんと呼んでいいのかわからない。初めての公式戦をこの二日間体験しているからなのか、それとも昨晩散々な目にあわされてちょっと脳がやられてんのか、わかんないけど、なんか、いま、凄く苦しい。

「……頑張って、」
俺の声は、青城の応援にかき消された。


20200423