番外編:赤葦京治の独白

小さい頃から、何かに執着するとか、ハマるってことがあんまりなかった。だから、自分の幼なじみが好きなものを話してくれる時間は、自分の中にない感情に充てられて、未知の世界に触れるみたいで、楽しかった。

「でね!センターでうたう人が、バシッと決めるの!ちょーかっこいいんだよ!」
「うんうん」
「適当に返事したでしょいま!分かるんだよおれ!」
「葵が楽しそうならいいかなって」
「もー、京治はいつもそうだ!ぷんぷん!」
「なんでいきなり怒るの……葵ってほんと謎」
家が近所だったから、二歳のころに公園で出会ったのが始まり。砂場で葵が兄と一緒に遊んでるところに、俺と姉さんが混ざったのが初めての出会い、だそう。これは母親談。さすがに二歳の時の記憶はない。
葵は、たとえ俺がつまらなそうにしてても文句を言ったりしないし、なんとなくその場を上手くやり過ごそうとしてるのに気づいたら上手く合わせてくれたりして、どんどん隣りに居るのが心地いい存在になっていった。典型的なやんちゃ兄弟だった如月兄弟は、事あるごとに怪我をして両親を心配させる問題児だったから、そのストッパーだったのもあるけど、何をするにも一緒で、風邪で休みの日とか、誰と話したらいいのか分からなくて、ずっとひとりでいた記憶がある。

「けーいじっくん!あっそびーましょー!」
「はっや……さっきバイバイしたばっかじゃない?」
「ランドセル玄関置いてきた!公園行く?おれサッカーはやだ!」
「みんなはサッカーやりたいって言ってたよ。行かなくていいの?」
「おれ苦手だもんあれ。京治は行きたい?」
「葵が行かないなら、行かない」
「んじゃおれも行かなーい!昨日のゲームの続きしよ!」
そんな幼なじみが所謂”人気者”と呼ばれる類に分類される人間だと知ったのは、小学校に入ってからだった。葵の周りには人が集まる。教室に登校すれば、誰かが近寄ってきて昨日のテレビの話とか、最近流行りのヒーローの話とか、何かしらの話題を理由に人が集まる。一年生のころ、クラスが離れて一緒に帰る約束をしていたから隣りの教室へと歩いて行ったら、みんなが葵と一緒に帰りたがってた。運動ができるわけじゃない、葵は昔っから運動だけはからっきしだったから。けれど、見る人を幸せにしてしまうんじゃないかというほどキラキラとした笑顔と、フェミニストとまではいかないけど小学生の割に女の子に優しいところ、男子にも分け隔てなくみんなに平等に話してくれるところ、そして彼が昔から大好きなアイドルの知識が流行の先端をいっているようで、加えて容姿の良さ。運動が出来ないことなんて屁でもないと言えるほど、人から好かれる要素が揃ってる葵を、みんなが欲しがってた。自分の友だちになって欲しがってた。

そんな葵が、俺にとってただの幼なじみでなくなった事件がある。
葵はたとえ友だちが沢山やって来ても、俺と一緒に帰りたいからと言ってふたりで登下校をしていたんだけど、ある日俺がなんだか周りの視線に居たたまれなくなって、先に帰ってしまった日があった。葵には何も告げずに。俺が来なくても、誰かしらと一緒に帰るんだからいいだろうって。ちょっとした嫉妬だ。幼いながらに抱えてしまったその感情に、どう向き合ったらいいのか分からなくて、逃げてしまったんだ。

「今日、葵と一緒じゃなかったの?」
「……うん。なんで?」
「まだ帰ってきてないんですって、葵。お母さんが知ってる?って電話かかってきて。もう六時になるのに変ねぇ」
都会と言えど住宅街、冬にもなれば日が落ちるのは早く、少ない街灯が灯るだけ。そんな中で六時を過ぎても学校から帰って来ないのはおかしい。俺は上着を引っ張り出してきた母親と一緒に、葵を探すべく近所を歩き回った。

数時間後、近所に鳴り響くパトカーの音が事の終わりを告げる。
葵は、五時ごろに学校を出て帰っている途中で三十代くらいの女性に声をかけられ、駅の近くでカフェやゲームセンターなどに連れて行かれていたらしい。ランドセルを背負った子どもがゲームセンターに居るのは、法律上許可されないため、店員がその女性に声をかけたらしい。そこで葵の一言、「お母さんじゃないよ?お姉さんだよ!」がきっかけでその女性は足止めされ、近所の交番から警察がやって来たんだとか。
葵本人はまったく反省の色は無く、お姉さんが寂しいって言うから一緒に遊んでただけと言う。彼の家族もわりかし自由奔放な家だから、大事にならなくて良かったと言って終わらせていたけれど、俺は少し違った。

「けーじー、もう機嫌直してよー」
「……」
「知らない人にはついていかないって約束するから!ね!」
それは当たり前だ。そんなことだけではなくて、あの日、小さな嫉妬心で先に帰ってしまった自分に責任を押し付けているのだ。一緒にいつも通り帰ってれば、葵がパトカーに乗るなんてこと、なかったのに。当の本人は怖いことなんてありませんでしたって顔をしているけれど、この歳で女性に誘拐まがいなことをされてるんだ。この先、何が起こるか分かったもんじゃない。顔が良い、人当たりが良い、誘拐まがいなことも寂しそうだったからで納得してしまう。クラスの女子たちの頭を撫でたり、横から顔をのぞき込んだりして、幼い乙女心を鷲掴みしてるような葵が、いつか大きな事件を引き起こして、俺の隣りから、居なくなる日があるかもしれない、じゃないか。

「もー……あ、分かった!京治の言うことなんでも聞くからさ!ね?機嫌直して?」
おれ、京治が喋ってくれないと、寂しくて死んじゃうよぉ。

「約束、して」
「約束?なんの?」
「ずっと、一緒に居るって」
「えー何言ってんの、一緒に居るじゃん!いまも!」
「だからずっとだよ。分かってる?」
「また馬鹿にした!京治、おれのことすぐ馬鹿にする!」
「…言ったからね、約束破ったらゲームじゃなくてずっとサッカーするよ」
「そっそれは嫌だ……分かったよ、約束ね!京治と一緒にいる〜」

俺が初めて執着心を抱いたもの。それは幼なじみだった。


***


「随分と懐かしいの見てんね?」
「この日、葵がアスレチックから落ちたんだよね」
「いまも思い出すだけで後頭部が痛む……」
「これは遠足で遊園地に行ったやつ」
「京治とふたりで歩き回ってたらみんなとはぐれて、先生に怒られたよね」
「暢気にメリーゴーランド乗ってたから余計ね」
「こっちは修学旅行じゃない?」
「葵の”好きな人が居るんです”事件だね」
「ははっ、超懐かしいそれ!告白断るのに言ってみたら、瞬時に広まったやつだ」

あの時抱いたものは、少しずつ形を変えている。隣りに居られる方法を、あの時はただひたすら”幼なじみ”、友人として確立させるのに必死だったけど、それだけじゃないことを歳を重ねるごとに知った。
友愛は、いつだって親愛に変わる。恋心なんか抱かなくたって、人を愛することはできる。そんなことを、東京と宮城という遠い距離で過ごしながら学んだ。

「あのさ、昔した約束覚えてたりする?」
「んー?なんかいっぱい約束したから、どれのこと?」
「……全部?」
「なにそれ!全部有効ってこと?」
「まあ、約束ですから」
「まあそうだなあ……全部覚えてるかって言われたらあれだけど、京治と俺だし、守れてるんじゃない?」
安心してよ、俺は居なくなったりしないよ!なーんて!

いつも、いつだって、俺の心を満たしてくれる人を、手放したくないと思うのは、当然のことではないですか?


20200428