高校生の夏休みってあんなに暇なのか。数週間前までの日々を振り返りながら、休み中の課題返却に沸き立つクラスを見ていた。前の生活じゃあ、高校生なんてのはいっちばんアイドル活動が頑張り時で、学校がない夏休みはダンスレッスンとボイトレに明け暮れてた。週末はもちろんライブ。けれども週末にライブができる人たちというのは、集客が見込めるグループであることが前提だから、数合わせで呼ばれる以外はほとんどが平日。自分より年上のファン――俺は特に社会人のお姉さんが多かった――から、平日の真昼間なんかにライブやられても行けないよぉ!って何度も嘆かれたっけ。それでも彼女たちはいつも、どうにかして会場に来てくれてたんだから、本当にありがたいことこの上ない。何回か心配して、無理しないでねって言ったら、『あたしに死ねって言ってる?』なんてどすの利いた声で返されたもんだから、二度と言わないことを誓った。アイドルはとにかくファンに感謝しておこう、彼女たちの生き甲斐であり続けることが彼女たちの為なのだ。
とまあ、学生らしい日々を過ごしてきた経験がないので、正直なにをしてたらいいのか分からぬまま一年生の夏休みが終わりました。中学はまだ、両親と旅行に行ったり、兄ちゃんに連れまわされたり、仲の良かった同級生と遊んだり、とある部活の練習に付き合わされたりしてなんだかんだ忙しかったもんなあ。非常に勿体ない時間を過ごしてしまった。
「葵ー、着替え行こうぜ」
「へっ、あれチャイム鳴った?」
「お前まだ夏休みボケしてんのか?そんなんだと次の体育こけんぞ」
エナメル片手にやって来た田中に適当に返事して、俺も席を立つ。つまらん夏休みが終わり二学期が始まったのだから、過去を悔やむのはやめてまた青春を謳歌しようじゃないか!
***
「ぐぅ……聞いてないサッカーなんて聞いてない……」
「2年と合同って聞いてたのに、聞いてたのにぃ!潔子さんが居ない!しかも男子のみ!」
「片や唸り、片や暴れて……」
「田中と如月は放っておけ。さっさとチーム決めようぜー」
あずき色のジャージに身を包んでやってきたはグラウンド。今日は2年生のひとクラスと合同でサッカーをやるらしい。前回まで陸上だったから、そっちで合同授業かと思ったのに……せっかく合同だからって、サッカーに種目を変えたそうな。なんで突然気を回したんだ先生よ。俺は運動が超ちょうちょーーーーーー苦手なんだよ!!昔から!!だからチームプレーのスポーツは特に嫌いだ。誰かの足を引っ張るし、大抵めちゃくちゃ面白いことをしでかしてしまうんだよ……。
「ひゃっはー体育サイコー!」
「……うざあ!!」
「モテ男の如月に俺でも勝てるなって思える瞬間、それが体育」
「今日も見事にやらかしてたなー葵、高校生でもボールに乗っかって転ぶ奴っていんだな」
「ボールとの距離感がわかんないんだよ!てかお前ら!面白がってわざと俺にボール回してきただろ!」
クラスのもう半分のチームが先輩たちと試合中、先ほどの試合での珍プレーを思い出しては笑う、という趣味の悪いことをクラスメイトたちはしていた。2年の先輩も途中から面白くなってきたのか、俺にボールが回ると取りに来なくなってたし。ほんとやんなっちゃう。これ新手のいじめだよね!?右隣の田中と、反対隣のクラスメイトの腕をパかすか叩いていたら、コートからひと際大きな声が聞こえた。悲鳴?どよめき?
走り出した田中に連れられて、俺もコート内に出来上がった人だかりへと走った。
「ちょうど足が絡んでもつれたんだろ」
「それだけならいいけど、足変な方向に曲がってなかった?」
「だっ、大地さん!大丈夫っスか?!」
片方は田中の知り合いのようで、田中はどんどん中へと進む。今日合同になったのは2年の体育教師が出張でいないからだった。だから、ここに教師は俺たちの体育の先生ひとり。ただ、この人は今年新任の女の先生だ。ちょっとパニックになりながら、近くの生徒に保健の先生を呼んでくるように言った。倒れた生徒は、膝に手を添えたまま、痛みに耐えているようだった。膝を抱えているのがクラスメイト、横に倒れているのが田中の先輩か……先生が来るまでなら、少しくらい役に立てるかもしれない。
「ちょっとだけすいません、通してもらってもいいですか」
「なっおい!如月!」
「斉藤、痛いのは膝?脛は痛む?高さないけどひとまずこのジャージの上に足置いて……、大地さんでしたっけ、意識ありますか?痛いのはどこですか?」
ジャージを脱ぎ丸めながら、斉藤の膝が伸び切らんように地面に置く。もし骨折していたとしたら、何かしらで固定しないとだけど、膝の皿に傷がついたとなれば、担架に乗せて普通に運べるかな。大地さんはどうやら骨ではなく、ぶつかった勢いで吹っ飛んだ際に擦り傷を作ってしまったようだ。ただ、頭を打っている可能性もあるから病院には行ってもらった方がいいだろう。とりあえず傷口からばい菌入っちゃうと困るからゆっくり起き上がらせた。
「……如月、何者?」
「処置まではいかないけど、診るくらいなら父親に教え込まれてるからできるんだよね。あ、救急車来た?」
向こうから走ってきた救急隊の人と保健の先生。状況をひとまず説明したら、何故か救急隊の人に頭を撫でられた。あ、一次対応間違ってなかったよってことかな。
「だーいじょうぶだよ田中。大地さんは問題無さそうだ。それに斉藤も、骨がずれちゃっただけかもしれないし。それならすぐに治るから」
「おう……これから春高あんのにって思ったら居てもたってもいらんなくてよ」
「そりゃ先輩がケガしたら不安になるよ。でもほら、周り動き出したから俺たちも行こ」
田中の肩を叩いて、ふたりで教室へと歩き出した。
20200409