失恋/まりあ高一秋(Pん)

「ハァ、ハァ……ッ」


階段を駆け上がる自分の足音が遠くに聞こえるような気がした。
頭の中ではさっき言われた言葉が繰り返し響いていて、唇を噛む。


『まりあには――そういうのあまり似合わないな』


涼し気な優しい表情でそんなことを言ったあの人の声が、頭に焼き付いている。

分かってる。私にはことりみたいな可愛さがないなんてこと。

ことりとふたり、お揃いで買ったリボン。髪につけていた赤いリボンの端っこを引っ張るとしゅるりとリボンが解けた。
サイドポニーテールの髪ゴムを外すと髪が風に吹き上げられて、リボンが手に巻き付く。


「別に、可愛いって言われたかったわけじゃない」


憧れていた。素敵な先輩だった。さっきの言葉だって、悪意があったわけじゃない。それも、分かってる。
だけど……、このリボンをつけるのは、もう止めよう。

すぅ、と大きく息を吸う。空を見上げると私の気持ちとは正反対の青空が広がっていた。

どのくらいの時間、ぼんやりと外を見ていたのか分からない。
太陽がだいぶ傾いてきて、空の色が変わってきた頃にようやく気持ちが落ち着いてきて、ひとつ息を吐いて、屋上を後にする。
教室に戻って鞄を取って廊下に出る。手に持ったままのリボンに気づいて、リボンを見つめた。


「……ことり、ごめん」


そっとリボンを鞄にしまおうとした時、唐突に吹き抜けた風にリボンが手を離れた。


「えっ、ちょ、待っ……」


誰が開け放したのか、漫画のように私の手元から離れたリボンが窓から落ちた。
慌ててリボンを掴もうとしたけど、間に合わずに窓の外にひらりと舞い落ちる。


「あ……」


3階の窓から落ちたリボンは風に乗って、木の枝に引っかかった。
さすがにここから飛び移るのは無謀だ。でも、あれくらいなら、登れるかもしれない。

慌てて、校舎から裏庭へとダッシュで向かう。
木の下から上を見上げて確認すると、リボンの端っこが見えた。


「よかった。まだある」


鞄を木の根元に置いて、きょろきょろと周囲を確認する。誰もいない。
今のうちに、と木のくぼみに足をかけて、ぐっと幹を掴んで、そのまま勢いをつけて、上の枝に捕まって、木をよじ登る。

久々の木登りだけど、なんの問題もなく、木の上の方の枝に足を置く。結構頑丈だ。
リボンの引っかかっている場所は少し枝が細いけど、恐らく折れることはないだろう。

ゆっくり慎重に……、パキリ、と音が鳴る。


「っと、こっちはダメか」


足を置く位置を変えて、手を伸ばす。よし、こっちなら安定する。
大丈夫だと確信をもって、はためくリボンの端っこを指で挟んだ。


「よし」


よかった。これは、ことりとお揃いで買った大切なリボン。失くすわけにはいかないもの。

ちょっとだけ油断した。引っかかったリボンを少し引っ張ったら、枝の反動があって、軽くつ
まんでいたリボンを落としてしまった。

飛び降りるにはちょっと高い。慌てて、枝から幹に戻ると、そのままくぼみに足を乗せて一気にジャンプして着地する。
少し高さがあったせいで、足に結構な衝撃が来た。


「うおっ」
「え……?」


顔をあげたら、誰かが立っていた。逆光のせいで顔がよく見えない。
どうやら、ジャージを着ているから、うちの学校の生徒みたいだ。


「……びっくりした。大丈夫か?」
「あっ、リボン!」
「リボン……? って、これか?」


よく見ると、彼の手には私のリボンが握られていた。私に近づいて、リボンを差し出してくる。


「ほら」


大事なリボンを失くさなくてよかったという安堵感が広がる。


「ありが、とう……」
「……いや。よかったな」
「え?」
「あんなところに登るくらい、大事なもんなんだろ」


ふっと笑った男子の顔が、距離が近づいたことでよく見えた。
なにかのスポーツをやっているんだろう。結構体格ががっしりしていた。


「え、っと……、そうね。大事なもの……とても。拾ってくれて、ありがとう」


似合わなくたって、これが大事なものということに変わりはない。


「おう。じゃあな――森原」


自分の名前を呼ばれて、反応した時にはもう軽く手をあげて、踵を返して走り出すところだった。
私が呼び止める前に、夕暮れの中あっという間に姿が見えなくなった。

誰? それにしても早い。いい脚力してる。
もしかしたら、なにかのトレーニングの途中でここを通りかかったのかもしれない。
自分の手の中に残ったリボンを今度こそなくさないようにそっと鞄にしまう。

暗くなり始めた学校を後にして、ことりの待つ家にダッシュで帰った。
なにも言わずに遅くなったから、ことりはなんか怒ってたけど、理由は話せなかった。



その夜、ケースの中に入れたリボンをそっと机の奥にしまって、憧れていた先輩への淡い想いごと封印した。