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埃っぽい玄関ホール。不気味な絵画の並ぶ回廊。足を進める度にこの屋敷がどれ程陰気なのかよくわかる。ランプには明かりが灯るものの、ランプ自体が薄汚れていては意味がない。……いや、わざとそうしているのだろう。敢えて薄暗くし、ある程度視界を制限してから───


《後ろ》
『──侵入者の頸を薙ぐ』
「がッ!!」


徐に手にした刃を後ろに振り上げれば、ザクッという音を立て「何か」に刺さる。「何か」から流れる液体が辺りに飛び散った。気怠げに後ろを振り向くとそこにいたのはプルースの手にする三日月型の刃が肩に刺さった少年。痛みに顔を歪めている。少年は手に持つ鉄の杭をプルースの頭に突き刺そうとしていた。


《其奴は「後ろからの急襲者(スタブステーク)」。「対象」だ》
『随分と安直な通り名が多いな』
《分かり易くて良いだろう》


呑気な会話をするプルース達だが目の前には未だに鉄の杭を突き刺そうと奮闘する少年がいる。肩に刺さる刃がそれを抑えているのだ。


『これがホントの()止め、ってか?』
《誰が上手い事を言えと》


ズ…と刃をずらし、プルースはそのまま少年の頸動脈を断ち切った。噴水のように噴き出す液体が彼の体を濡らす。薄暗い廊下ではあまり色の判別が付かないが、今プルースは真っ赤に染まっている事だろう。プルースは溜め息を吐いた。


『……帰ったら風呂に直行だな』
《帰る頃には雨が降る。洗うのにそこまで手間はかからない筈だ》
『なら良いか』


血に濡れて顔に張り付く前髪を掻揚げる。どさりと崩れ落ちた小さな躯に目も呉れず、プルースは携帯と世間話をしながら回廊を進んだ。足を踏み締める毎に足音は埃で消されるものの髪やコートから滴る返り血が彼の居場所を教える。背後からの奇襲は勿論、真正面から襲い掛かって気を逸らし、曲がり角という死角から攻撃を仕掛けて来る時もあった。だがプルースには通じない。


《次。右手絵画から》
《16歩先、天井》
《左の角を曲がり4つ目、左の扉》
《左右壁より。2分後》


携帯から聞こえるテノールの声。その主が全てを察知し、彼にリークしてしまうのだ。これが機械だったらハッキングだと言い切れるのだが、そうではない。プルースに襲い掛かるのは全て人間。極めて高度な暗殺技術を教え込まれた暗殺者(アサシン)達だ。個々で考え、臨機応変に行動する。

そんな彼らの動きを網羅する声の主。そしてそれに従って全てを避け返り討ちにするプルース。「息が合う」とは彼らの事を言うのだろうか。


『……こんなもんか?』
《ああ。此処はな》


死屍累々の回廊を振り返る事もなく。プルースは屋敷の一番奥、今回のメインディッシュがいる部屋へと足を進める。扉にはドアノッカーが付いていたが、ご丁寧にそれを鳴らす義理などプルースにはない。ドアノブに手を掛け、一気に開け放つ。


『お前が「ヒトラーの権化」か?』
「──如何にも」


部屋の奥にぽつんと置かれている机。それに肘を立てて座る男がプルースの問に余裕のある笑みで答える。頭の天辺から足の先まで真っ赤に染まった彼を見るも「ヒトラーの権化」の目に侮りはない。流石は元軍事関係者、と言った所か。プルースは軽く身構える。


「その様子…此処に辿り着くまで随分手間取ったのか?」
『御託はいい。早く帰りてぇんだよ俺は』
「少し話すぐらいで目くじら立てるな。……弱く見えるぞ」


最後の一言に「ヒトラーの権化」は嘲笑を滲ませた。

思いの外若い男がこの屋敷に住む暗殺者達を葬って来たのでそれなりに警戒していたのだが、その必要はなかったようだ。苛々と此方を睨む青年の、何とまあ青い事。彼が扉を開けた時から短気そうな性分だと感じていた。これならは大した事はない。今まで彼に仕向けた暗殺者達は皆捨て駒。失敗作だ。まだ手塩にかけて育てた成功作の子供達が自分の元には沢山いる。こんな青二才など敵ではない。

そう考えに至った「ヒトラーの権化」はニヤリと笑みを深める。

……自分がどれ程浅はかな結論を出したかなど、気付きもせず。


「取引をしないか?」
『……取引?』

「今すぐお引き取り願おう。そうすれば五体満足で帰してやる」


そう言い、「ヒトラーの権化」は近くに潜ませた暗殺者へ忍びやかに指示を与える。

「青年の返答の後、殺せ」と。

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