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曇天の下、プルースは長いコートを翻しながら歩く。漆黒のそれに鋭利な武器を忍ばせている事を微塵も感じさせない程に、彼の足取りは軽い。
『場所は?』
《路地裏だ》
胸ポケットに入っている携帯がテノールの声を発する。それに従ってプルースはすぐさま近くの路地裏へと潜り込んだ。煌びやかな表通りとは真逆の薄汚れた不清潔な道。そこには見るからに怪しげな薬を売っている男や今にも餓死しそうな幼児、身体の欠けた青少年達が
屯している。見ていて気持ちの良いものではない。
『……「ヒトラーの権化」はこの半スラムの奴らも?』
《いや、彼らは関係ない》
半分スラムと化している路地裏の光景に柳眉を顰めながらプルースは携帯に訊く。だがテノールはきっぱりと否定した。
曰わく、「ヒトラーの権化」が手解きをするのは物覚えの早い幼子のみで、殺害対象となるのは大人と彼の期待に添えなかった子供。それ以外の子供には手を出していない。「ヒトラーの権化」の狙いは大人という事になる。
『大の大人が大人嫌いか』
《そういう時はまず自分から死ねという話なんだがな》
呆れを含んだ声で言う彼ら。駄々っ子かと突っ込む。
『いつから駄々をこねる奴らの尻拭い専門の組織になったんだ?……このアンドロマリウスは』
アンドロマリウス。
法の目を掻い潜る悪人達を処刑する為の組織。
処刑人達はそれぞれ数字で呼ばれている為、本名は知らない。
不満げに溜め息を吐く彼はそんなアンドロマリウスの処刑人の一人、処刑人番号正【プルース】。明らかに番号ではないそれに理由などない。彼の立場が少しだけ関係して来るが大した事ではないのだ。
不満で顔を歪めながら皮肉たっぷりに吐き捨てたプルース。お怒りだ。連日働き詰めの彼に今回の「ヒトラーの権化」は癇に障ったようだ。テノールの声は《あー……》と母音を漏らす。
《ブラック企業にまともさを求めるものではない、としか言いようがないな》
『はっきり言ったなお前。まあ確かに休み無しで働かせるこの組織はブラック企業で間違いないが』
《……休みが取れず申し訳ない》
根に持っている。休みが与えられない事を根に持っている。人増やせだの有給寄越せだのと愚痴愚痴言っている。テノールにはとても耳の痛い話だ。沈んだ声で謝る。
『それはお前のせいじゃねぇだろ』
《だが……》
『俺が働き詰めって事はつまりお前も同じ。いや寧ろお前の方が大変な筈だ』
お前を責める理由なんてない、と言うプルースにテノールの声は彼の名を呟く。そしてふっと柔らかく笑うのだった。
《……ありがとう、プルース》
『どう致しまして、相棒』
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