星のない夜空にぽっかりと満月が浮かぶ様子はとても風情があると、ユウは思う。
そういえば、そろそろ中秋の名月かな、とカレンダーを確認したのが今日の朝。
ちょうど今日であった事に驚き、家にあった日本酒を開封し、スーパーで見つけた月見団子と一緒に月を眺め始めたのだった。
本当は、恋人と一緒にお月見をしたかったユウだが、あいにく今日は任務で他国に出ており、今日中に帰ってくるのは難しいかもしれないと言っていた。
なにせ、オートボットの総司令官である彼は多忙なのだから。
(オプティマス…今、どうしているんだろ。怪我、とかしていないよね…)
いつのまにか強張っていた表情をはっと戻すとユウはぐっと手元の酒を口に含んだ。
ぴりっという辛味が米のかすかに甘い香りとともに舌を刺激する。
自棄酒に近い形でぐいぐいと日本酒を呷るが、酒に強いユウにはなかなか酔いが訪れてくれない。
ほう、と酒精が混じる吐息を吐き出した時。
低いエンジン音が聞こえた。
テラスから下に目をやれば、そこには見慣れたファイヤーパターンのペイントが施されたトレーラートラックが一台。
「…オプティマス。」
ユウの声が聞こえたのか、いつもより音を抑えてトレーラートラックが変形して行く。
ロボットモードに変形したオプティマスは青いカメラアイを瞬かせて、ユウの名を呼んだ。
「オプティマス!任務はどうしたの?」
「予定より早く終わったから、君の顔を見に来たのだ。今日は月がきれいだから、まだ寝るつもりがないのなら、ドライブに行かないか?」
ちらりと酒瓶に視線を向けたオプティマスは、フェイスパーツを動かしてにっこりと笑みを作った。
酔っぱらうまで飲まなくてよかった、とユウは内心でひそかに思った。
オプティマスの誘いを断るはずもなく、ユウは「もちろん!」と返事をすると、身支度を整え、オプティマスの手に飛び乗った。
結構な勢いで飛び乗ったにもかかわらず、ぶれることなくオプティマスの手は器用にユウを乗せたまま、ビークルモードに変形していく。
あっという間に変形し終わり、シートベルトがしっかりと装着されたのを確認すると、トレーラートラックは静かに走り出した。
「…ユウ。ユウ。起きろ。着いたぞ。」
オプティマスの声でユウははっと身体を起こした。
移動する振動が心地よくて、いつの間にか寝てしまったみたい、と薄く頬を染めながらユウは車から下りた。
「わ、すごい…!」
車から下りて、視界に飛び込んできた景色に、ユウは感嘆の声を上げた。
人工的な光は一切存在せず、月の光だけが森とススキの原を煌々と照らしていた。
「風情があるねぇ…。」
うっとりと月を見上げるユウのそばに、がしゃんと音を立ててオプティマスが腰を下ろした。
「ね、オプティマス。手のひらにもう一度乗せて?」
ああ、とオプティマスは頷くとそっとユウを掬い上げ、自身の目線と同じ高さまで持ち上げた。
「なんだか、こうしてもらうと月に手が届きそうな気がしたの。」
そういって静かに月を見つめるユウの横顔はどこか儚げな雰囲気を醸し出している。
「………月が、綺麗だな。」
「…え、」
はっと月から視線を外したユウがオプティマスの顔を見つめた。
「君の国では、愛を伝える言葉はこう表すのだろう?」
ひどく穏やかな眼差しで、オプティマスが静かに言った。
くすり、とユウは笑みを漏らすと、オプティマスに返事を返すためにゆっくりと口を開いた。
「そうね、死んでもいいわ。」
ぎょっとしたようにオプティマスの巨体が小さく跳ねた。きゅるきゅると小さなモーター音がオプティマスの中から音を上げ始めた。
あれ、とユウは首をかしげた。
「ユウ、私は君に死んでほしくない…それとも、この言葉が気に入らなかったのだろうか?」
慌てたような、懇願するような、そんなオプティマスの声。
ぽかん、と。そんな表情をしていたユウだったが、すぐに楽しげな笑い声を上げた。
「くす、ふっ、あははははっ…。あのね、オプティマス。『月が綺麗ですね』の返しは『死んでもいいわ』がベストとされているのよ。」
どうやら、この司令官は伝えられた愛の言葉に対して、返しの言葉を知らなかったようだ。きゅいんきゅいんと電子音が小さくなっていく。
「なるほど、そうだったのか…」
納得したようにカメラアイを瞬かせるオプティマス。
わざわざ日本語で伝えてくれた愛に答えるため、ユウは目の前にあったオプティマスのフェイスパーツの唇の部分に、自らのそれをそっと寄せたのだった。