口を閉じれば、乾燥してひび割れた薄皮同士が引っかかるのを感じた。
その、何とも不快な感覚に、つい舌で唇を湿そうとするのを堪え、ユウは目の前の救急箱の中をごそごそとかき回したが、目当ての物が見つからず、小さくため息をついた。
「どうしてこんな時にきらしたんだろ…」
「何をだ?」
唐突に掛けられた声の主を振り返ると、いつの間に入ってきたのか、ジャズが自室の壁にもたれながらユウをみつめていた。
「もう、来たならちゃんとチャイムを鳴らして入ってよ。びっくりするじゃない。」
悪い、と小さく苦笑を漏らしたジャズは、「それで、何をきらしたんだ?」と再びユウに問うた。
「リップクリーム。乾燥で唇が切れそうだから探してたんだけど、いつも使ってるメーカーのを使い切っちゃったのに気づかなくて。」
「ああ、なるほどな。確かにちょっと乾燥してきたもんな。」
じっとユウの唇をみつめながらジャズは笑ってそういった。
「他のメーカーのじゃダメなのか?」
「別にダメではないけれど、やっぱりいつも使ってるメーカーの方が落ち着くし…ちょっと買いに行ってくるね。」
そう言って出掛ける準備を始めたユウだったが、くい、腕を引かれ、きょとんとした顔をジャズに向けた。
「何…、」
そうして、唐突に唇に触れたやわらかい感触に僅かに目を見開いた。
ちろり、と人間のものとほとんど変らないぐらいそっくりに作られたジャズの舌が己の唇を這う、その、なんともこそばゆい感覚にぞくりと腹の底が粟立ったような気がした。
やがて、ゆっくりとジャズは顔を離すと、悪戯っぽく微笑んで言った。
「いや、乾燥してるから潤してやろうと思ってさ。ほら、リップ買いに行くんだろ?俺もついてくよ。」
「……。」
対してユウは、むっつりと黙り込んだままだ。
「ユウ?」
「あのね、ジャズ。」
「お、おう。」
どことなく咎めるようなユウの口調に僅かに気圧されながらも答えるジャズ。
そして、ユウはぱっと笑顔を浮かべると、ジャズの首に手を回し、そっと耳に口を寄せると囁いた。
「彼女にキスをするのに口実は不要でしょ?」
一瞬だけぽかんとした表情をしたジャズだったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、そうだな、と言うともう一度ユウの唇に自分のそれを触れさせたのだった。
(あと、唇が乾燥している時に舌で舐めるのは余計に乾燥するからやっちゃダメ。)
(そうか…悪い)