そろり、そろりと、極力振動を出さないように息をひそめて動く。
アレに察知されたら面倒なことになる、とユウは手に持った物を握り締めた。
標的は、まだこちらに気付いていないのか、動き出すそぶりを見せない。
すぅ、と大きく息を吸い、吐き出すと、ユウは握り締めた武器を構えながらそろそろと近づいていく。
振動が伝わったのか、ソレはかさ、と動いた…と思ったら、翅を広げて勢い良く宙に飛び上がり。
「ああああああああやっぱり無理だよぉぉぉぉおお!」
叫びながら見事なUターンを決めてユウは戻ってきた。
「ちょ、バカ、こっちに来るな…!」
「いやああ無理いいいいスタスクーーー!!!」
「略すな!」
洗剤を片手に叫びながらスタースクリームの所へ走るユウの背後で狂ったように飛び回っているのは、真夏の台所によく出る黒光りするアレである。
たまには掃除でもしようと、嫌がるスタースクリームも巻き込んで台所から手をつけ始めたユウだったが、棚をどかした瞬間に出てきたそれを見て絶叫。
いくらユウが一般人より肝の据わった軍人であるとは言え、それが平気であるということとイコールにはならない。
しかも相手はひと夏を越えた特大サイズ、これはまずいと慌ててスタースクリームに退治要請をすれば、きっぱりと拒否されてしまった。
本人曰く、「気色悪い」との事。
どうやら地球のGは地球外生命体にも嫌がられるほどおぞましいフォルムであるようだ。
さすがG、あのディセプティコンにも嫌悪感を与えるとは…なとどどうでもいいことを考えてしまったユウだったが、早く処理しなければ掃除が終わらないため、台所用の洗剤を持って挑みに行った結果、冒頭にもどる。
ちなみに、チョイスが洗剤なのは、新聞紙で叩き潰すだけの勇気がユウにはなかったという理由からである。
「スタースクリーム…どうしてもダメ…?」
半泣きの上目遣いでスタースクリームを見上げるユウ。
「……俺様だってあれに近づくのは嫌だ。手っ取り早くこれで始末してはダメなのか?」
思わずイエスと言ってしまいそうになるのを押しとどめ、スタースクリームはがしゃん、と腕だけを変形させ、ロボットモード時のメイン武器であるガトリング砲を取り出した。
「ダメに決まってるでしょ!家ごと吹き飛ばすつもり!?」
小さく舌打ちをしたスタースクリームは渋々といった様子で腕を戻す。
「大体なぜ貴様の家はスプレータイプの殺虫剤を置いてないんだ!」
「この前使い切ったのを忘れてたのよ!私今から買ってくるからスタースクリームはあれ見張ってて!」
「断る!貴様が見張ってろ!」
お互いを盾にしようと揉みあいながら声を張り上げる二人。
すると。
いままで沈黙を保っていたソレが、カサカサという嫌な音を立てながら猛スピードで動き始めた。
…ユウたちの方向へ向かって。
「…いやああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
「うぉっ!?」
叫び声を上げながらばたばたと逃げ回る人間の女とディセプティコンのNo.2。
ユウはともかく、スタースクリームの方はその正体を知っている者から見たら爆笑されるであろう逃げっぷりだ。
人間の姿をとっているとは言え、たかが数センチの虫から逃げまわる金属生命体とは何ともシュールな光景である。
「と、とりあえず、オートボットかディセプティコンの誰かを呼ぼう…」
なんとかテーブルに乗って避難したユウがぜいぜいと息を切らしながら携帯を操作し始めた。
「待て、ディセプティコンとラチェット、ツインズだけは呼ぶな…」
ディセプティコンならなんの躊躇もなくユウの家を丸ごと破壊しかねないし(現に先ほどスタースクリームがやろうとした)、ラチェットは「研究のために殺さずに生け捕りにしたいから手伝ってくれ」などと言い出す可能性がある。
ツインズはもう大惨事になる未来しか見えない。
スタースクリームの言わんとしていることを理解したユウは、小さくうなずくとラチェットとツインズを除いたオプティマス以下オートボットに連絡を取ろうとしたが。
すぐ耳元で響いた羽音にえ、と顔を引き攣らせた。同じテーブルに避難しているスタースクリームの顔も引き攣っている。
ちらちらと視界の端に写るのはつやつやと光を反射しているこげ茶色。
近すぎてピントが合わないのか、それはぼんやりとしていて、はっきり確認できない。いや、確認したくもない。
すぐにまた羽音が至近距離で響き、本日何度目かの絶叫が二重で響き渡った。