1歩
「ハァ?お嬢ちゃん、遊びも大概にしないと」
「私、張り合えるくらい強い選手が欲しいんです」
「何の傲慢だ?まるで張り合える選手がいないみたいな言い方を、どこにも属していない人間が?」
「属していないんじゃなくて、属せないんです。強すぎて」
あわあわとしているアンリを尻目に名前は語気を強めた。
絶対前までの名前であれば言わなかったことだったが、ここにきてからそうと言わざるを得ないほど張り合える人間はいなかった。名前にとってテレビで見ていた彼らの姿はお遊びではないかと勘違いするほどだった。これでマトモにサッカーやってるなんてふざけてる。自分が異質だと気づいたのはこの辺りだった。
「いいよ、やろう。直ぐにでも終わる」
「そうですね」
自分のサッカーに揺るぎのないところ、ちょっと大人気ないところが彼に似ている。
名前は懐かしい記憶に笑みを漏らした。
「ちょ、ちょっと!絵心さん!?」
「君、人間じゃないのか?」
「医者にも言われました。私は人間だと思ってるんですけど」
圧勝だった。
碌にボールキープ出来ない素人とは大違い、相手の手の先を読む強さは素晴らしい。でもそれは相手が名前じゃなかったらの話だ。
名前はギアが入ると相手の動きが止まって見える。キック力もここの住民とは桁違いだった。この結果は当然だったけれど、名前にとってこちらに来て今まで会った誰よりも”アガる"相手であったことには違いない。
「そもそもネットが破れるのはおかしいだろ」
「しかたなく家のネットは特注で強度上げていたのを忘れていました。修理しておきますね」
「正直君が詐欺やらマジックの天才と言われたほうが納得する」
「失礼な。そんなことする必要がどこにあるっていうんです?」
この時限りと思っていた縁がズルズルと続くなんて名前は思ってもいなかった。
「苗字名前です。好きなことはサッカー観戦、得意な科目は体育です。一年間よろしくお願いします」
何人も続く自己紹介に、力尽きた拍手がパラパラと鳴る。
2回目の高校生ともなれば、緊張している子を微笑ましく見るくらいの余裕が生まれた。
名前は部活に入るつもりが1ミリもない。サッカーで怪我人を生むくらいならしないほうがマシ、それに家の運営をしないといけない。
父母がいなくとも名前の使命であることは違いなかった。
「ね、苗字ちゃん。ココ教えて」
学生生活が始まって数日、すっかり名前はクラスに馴染んだ。苗字ちゃんとみんなから呼ばれて、どこかくすぐったい気持ちを抱えながら返事をする日常に悪い気はしなかった。
「八束ちゃん、さっき寝てたでしょ」
「そんなこと言わずに〜!せっしょうな〜!」
「何が殺生なの?」
穏やかな日常に微睡んでいるのも悪くないと、名前が外に目線を投げると窓の外の人物と目があった。
男女二人、手紙を渡しているところを見ると大体の予想はつく。
女子は見覚えがなかったけれど、彼の方はよく知っていた。
文武両道、それに太い実家。たまに名前が出席したパーティにいることがあった。この年頃の女の子からしたら王子様に見えるのかな、そんなことを考えながら名前は目線を教科書に戻す。
「何見てたの?」
「桜。青葉が出てきたね」
「苗字ちゃんって不思議だよねえ。こんなにお上品なのに一番得意なのが体育だし、テキトーに授業受けてるのに成績いいし」
「私は小テストやばい!って言いながら寝ている八束ちゃんの方が不思議」
「あーあー!!聞こえない!!!」
耳をふさぐ友人に名前は笑った。
サッカーは遠くなってしまったけど、友人も、環境も手にしようと思えば難しくない。これも一つの在り方かと名前は諦め方を覚えた。
昼休みはまだあるけど、次の授業の準備を先にしようとカバンを漁っている時だった。
「苗字ちゃん」
「御影くん、どうしたの?」
「ちょっと話があって」
クラスで小さく色めく声に名前は苦笑した。冬頃から付き合いがある上、会っても仕事の話しかしていないのにこの手の話になると華が咲くのはどこも同じようだ。
先を行く玲王に名前は既視感を覚えた。
そうだ、時間があればサッカーの話をして、たまに仕事の話もして。ちょっと融通の効かない彼のサポートは嫌いじゃなかった。
「有人さんみたい」
「何?」
「ううんなんでもない、話って何?」
何と言っているか聞き取れなかった玲王は少し不思議そうにした後、話を切り出した。
名前が先日行った莫大な投資先が気になったようで、それについての話だった。まさか自分のシュートで容易く裂けるゴールを見て施工会社に手を出したとは言いづらく、何と言い訳したらいいものか名前は薄ら笑いを浮かべた。
「あ、苗字ちゃんサッカーが好きって言ってたっけ」
「あれ、御影くんに話したっけ」
「苗字ちゃんのクラスの奴が言ってたわ。確かに意外だなーって思って覚えてた」
「そう?」
名前が世界で活躍した選手だ、なんて言えば彼はひっくり返るだろうか。想像して名前は面白くなった。誰にも話せないし、話さないけれど。きっと大切な彼らにはもう会えないし、ここでサッカーをしたところで名前は異物だ。それでも繋がりを離したくないのはあの悦びを覚えてしまったから。大切に宝箱にしまうように、大事に大事にとっておきたい思い出。
「苗字ちゃんはたまにそんな顔するよな」
「そんな顔?」
「寂しそうにしてる」
「ん〜そうかな」
きっと寂しさがなくなることなんてないけれど、その思い出さえあれば名前は強く生きれると信じている。
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