2g
凛がいよいよ海外で活躍することとなった。
ドキドキ半分、残念が半分。
凛と当たり障りのない会話はするけれどもフランスの話は一つも出ていない。
きっと置いていかれる、とうとうこの時が来たかと感慨深く思った。
彼の為に名前が出来たことはほんの僅かだった。
夢を掴み取る為生き急ぐ彼に休憩を促したり、食事を作ったり。
本当に些細なことしかしていない。ついに兄と対面することもなかったし、恋人にしては随分あっさりとしていたと思う。
最近会うたびに抱きしめて動かなくなるのはよくわからないが。未だに凛の生態は謎だ。
きっと、多分、凛のことは好きだ。これが情か愛かはわからないが。
でも今だって変わっていない。
彼が望むのなら、望んだ人との幸せを拍手で祝えるし(ウソ、ちょっとだけ泣いちゃうかもしれない)、遠くで応援するのも悪くない。
冷めているわけじゃない。いつでも手放す覚悟をしていただけだ。
凛は名前にとって十二分に過ぎたものだった。
きっと辛い思いも沢山あっただろうに、強がりの凛は名前に弱音を吐くことはなかった。
凛はカッコつけなのでこれから先もないだろう。ただただ真綿で包むように、そっと大事にしてくれた。
フランスに出発するまであと少し。
いよいよこの時が来たと待ち合わせ場所に向かう。
寂しいけど、凛のお荷物なんかになりたくない。笑顔で送りだせる女になる。
そう決めた覚悟は数分後グズグズに溶かされた。
「名前!俺とフランスに来てくれ。住む家も用意してる。お前の返事だけだ」
「〜〜!!!もう!!!!」
名前が凛に怒ることはなかったけれど、これが祝1回目となった。
「なんで勝手に決めるの!このカッコつけ!!笑顔で送り出そうと思って必死だったんだからね!?しかもこんなに人も呼んで!!告白の時もそうだけど凛ちゃんって人前で逃げ場無くさないと動けないの!?」
「逃げるつもりだったのか…?」
「んなわけないでしょバカ!!もうっ、信じられない!」
半泣きの女に珍しく笑顔が眩しい凛。
きっとまた振り回されるのだろうと名前は思った。
「ねえ凛ちゃん、いくらネットが進化してると言ったってね、人付き合いは言語から始まるの」
「そうか」
「そうかじゃないんだよなあ…お願いだからせめて勉強させてくれない?」
「俺とはいたくないってことか?」
「なんでそうなるの????」
最近凛の甘えたが爆発しているような気がしている。
オフには必ず名前にひっつきたがる。そして拙いフランス語を紡ぐ口にどうも我慢できなく邪魔すること数回。
あれ、こんなに甘える人だっけと考える名前を尻目に腰に手を回し空いた手で名前の手を弄ぶ。
名前に逃げる先が無くなって、安堵で甘えの箍が外れたのは無意識だった。
「ね、今度服買いに行こ。私のおごり!」
「は?嫌だけど」
「酷くない??そりゃあ凛ちゃんに比べれば些細な額ですけども?一応働いてるし好きな人にプレゼントするのって悪いこと?」
「最高。後で金渡す」
「そうじゃないんだよなあ」
凛はズレていると思う。金銭感覚、愛情表現然り。
最近与えられるばかりで、与えられない名前は少し不安になった。
そりゃあ勿論、彼のことは大切にしている。
でもそもそもの人生のステージが大きく違うのだ。
片や世界的スーパースター、片や一社員。釣り合いなどどこにもなかった。
勿論顔が大変よく、女優さんやアナウンサーにも人気で、数回だけデートをすっぱ抜かれたことがあった。
事前に彼からしたくもねえ接待行ってくる、帰ったら癒せと言われているからなんとなく察しているし、いざ記事を見てもいや凛ちゃん顔よ…大丈夫生きてる?と心配になる程気力がない顔で写っている。
理由は知らないが彼が自分に何故か(本当に謎)ゾッコンなのはわかる。
だからこそ捨てられる時、いよいよ耐えられないと思ったのだ。なんで好きなのか聞いたところ名前だからと一ミリも参考にならない答えが返ってきた。彼の為に出来ることと言えば仕事の合間に家事をして、仕事から帰った来た凛を甘やかすくらいしかしていない。
「うーん、何か習おうかな」
「何?」
「何がいいかなあ、為になるものがいいけど。確か栄養士2年で取れるって言ってたなぁ」
「じゃあ俺も習う」
「それじゃ意味ないねえ」
グリグリと甘える頭を撫でながら名前はふと思う。
もしかして自立させないために色々してるのか、それともただ自分を甘やかしているのか。
どっちにしろこのままじゃダメ人間まっしぐらだ。
「ホントにダメ人間になっちゃう。何にも出来ないんだもん」
「名前は俺の世話して傍にいたらダメ人間でもいい」
「ウーン、それじゃ置物と大差ないと思う」
「置物になればいいんじゃねえ?」
「ねえさっきから投げやりなの」
サッカーしている時とはかけ離れただるだるとした姿に名前は白い眼を向ける。
こめかみを少しグリグリとしたところ、少し眉を潜めて幸せそうに笑うだけだ。
「そんな甘やかしてばっかりだと出て行っちゃうかもよ?」
一つもまともに取り合わない凛に、ちょっとした意趣返しだった。
読めない瞳と視線が合って、背筋が粟立つ。
いつもの凛なのに、何かが違う。
「本当にそうなったらソッコーで捕まえて孕ませる。子ども出来たら名前は逃げないだろ」
「わあ」
名前は二文字しか発せられなかった。
凛の脳内は想像以上に過激だった。
正直子供はまだ良いかな、”いざという時”がきたら困るしという名前の考えを見透かしているようで、少し暑いぐらいなのに冷や汗が出た。
窓の外から子供たちの声が聞こえる、平和な午後だった。
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