一


ナマエは外の騒がしさに目を覚ました。

此処に飛ばされ1日目。
アメに家や庭を案内してもらい、昼夕食を二人分作り風呂に入り出来立ての寝具に寝転んでいた。


「私は床で寝させてもらうね」
「あたらしいのつくるよ」
「うーん、それならアメのベッドを新しくしない?」

ナマエは半目で段ボールベッドを見る。
此処の村に余裕がないのは一方的に知っているが、よくも幼子にこんな粗末なものを与えられるな…と一人の少女を脳裏に浮かべ、それをすぐ細目の男へ塗り替えた。
庭を見たところ、どうも春も後半に差し掛かり、あたらしいベッドも用意できないことは無いだろうとナマエは踏んでアメに提案したのだった。

結局アメがナマエの分しか用意しなそうな様子だったので、断られたら少しショックだと思いながら添い寝を提案した。
嬉しいことに、その言葉にアメは飛び跳ねながら喜んだ。

こんなところに風呂があるのかとナマエはビクビクしながら(年期もさながら虫も恐ろしい)風呂を済ませ、子ども体温のアメを懐に抱きながらベッドに入ると驚くほどすんなりと眠ることができた。
どちらかといえば神経質なナマエは、精神的な疲れのおかげで自分の家意外で眠れたことに軽い衝撃を受けた。

寝ぼけ眼で時計を見ると一時間ほどしか針は進んでおらず、この物音に合点がいった。
腕の中の子どもはすやすやと気持ちよさそうに寝ており、ナマエは微笑んだ。
恐ろしいものも正体を知っていて、目の前にいないとそこまで恐怖を覚えないものなのだなと思いながら布団をかけ直す。
たまに夜がない日は、アメがぐっすり眠れていた日なのかと頭の片隅で考えながらナマエは微睡みに落ちた。

***


ナマエは自然と目が覚めて、数年ぶりの清々しさを感じた。
枕元に置いた腕時計を見ると5時にもなっておらず、二度寝をしようとしたところでここが彼ヶ津村だったことを思い出した。
アメは目覚める様子もなく気持ちよさそうに寝入っている。
ナマエはそっと布団を抜け出し朝食の準備を始めた。

「おはよう」
「ん、おはよう。寝癖ついてるよ、こっちにおいで」

ピッタリ7時に起きてきたアメにナマエは笑みを漏らす。
寝ぼけている様子はないが、寝癖のせいであまりに跳ねている後ろ髪を櫛でまとめ髪にする。
今朝は米を炊き——一人暮らしで気まぐれに米を土鍋で炊いた時期があってよかった——おにぎりと焼き魚と卵焼き、おそらく買ったはいいものの使い勝手がわからず未開封のままの味噌を開け、味噌汁を作った。

自分一人の時は朝から食べることの方が少なかったが、アメは朝から動くため精がつくようしっかり用意をする。
といっても材料は全てアメが用意したものなので、面子を保つためにも早々に食料を確保する術を持たねばとナマエは考えながら配膳をした。

「!!、すごく、おいしい」
「よかった、気に入ってもらって」

アメがご飯を口に運ぶ姿をナマエはニコニコと眺める。
この姿を画面越しに見るのが好きだったとぼんやり思いながら自身も食事を始める。
昨日急いで職を探すとアメに伝えたところ、いそがなくてもいいよ、ごはんつくってくれるのがうれしいと言われた。
料理が特別上手なわけではないけど、アメが喜んでくれたことはナマエにとっても嬉しいことだった。
それはそれとして、職は手につけばならない。
目指すはアメの保護者、ナマエは一人意気込んだ。

***


「ヨシッ」

ナマエは鳥居の前で気を引き締め直した。
昨日は流れのままアメの家で一日過ごしてしまったが、仕事をするとなるとナマエは村に出ないわけがいかない。
アメがついて行こうかと言ってくれたが、ただでさえ胡散臭い人間が幼子を引き連れて顔合わせは流石に外聞が悪すぎる。
ついでに服や化粧品を大至急用意せねばと静かに焦っていた。

兎にも角にも、話をするなら村長宅からとなるだろう。
重い足を引き摺りながらナマエは庭を出発した。

「そうだ、手を合わせてから行こうかな」

庭を出てすぐ、祠へ向かう。
ここがどんな所かは、おそらく今自分とアメしか知らないだろうなと考えながら手を合わせた。

(私が恙無く暮らせますように、そしてアメが幸せでありますように)

もともとナマエは1度懐へ入れた人間には大層甘い。
一方的に知っていた上に、生命線をつないでもったうえ、同じ釜の飯を食べ寝てしまえば、ナマエにとって大切な人間になるのは当然だった。

大して捧げられるようなものもなく、本当に身一つできてしまったのだと冷めた目で鼻を鳴らす。
どんな神さまの悪戯かは知らないが、泣いて明け暮れられるほどナマエは子どもではなかった。

ジャリ、と石を踏む音がし咄嗟に振り向く。
驚き顔でこちらを見る彼に、もう少しやりやすい人間から会いたかったと身体を固まらせる。

「…てめぇ、誰だ」
「あ……」

緊張で人差し指を軽く握る。
ナマエは秘密を抱えすぎている。これからずっと色んなことを隠しながら生きねばならない。
村に出るとしても、引きこもるとしても、ビクビクしているようでは過ごせないと腹をくくった。

「…ミョウジナマエです。昨日倒れているところをアメに助けて貰ったんです」
「…そうかよ、ンな奴が何願うって?さっさと家に帰りな」
「そういうわけにもいかなくて…」
「はぁ?」

明らかに不審者を見る目を居心地悪く思いながら事の経緯を掻い摘んで話した。
おそらく神隠しにあったこと、残り少ない充電で電話をかけたがどこにも繋がらないしその上知らない土地であること、行く宛てのないこと。
アメの世話と仕事をしたいが、兎にも角にも村長に筋を通すべきかと思い向かうところと伝えた。

「案内してやる、少し待ってな」

そう言って目の前の男性ーキスケは羽織を翻し村長宅へ向かった。
地図も持たずに村長宅へ真っ直ぐ向かうのはあまりにも不審だ。
代わりに案内してくれる人を捕まえられたことを喜ぶべきか、痛いところしかない腹を探られそうで胃が少し傷んで軽くため息を着いた。

待っている間、竹林をぼんやり見上げる。
状況が状況でなければ森林浴だと喜べただろう。
ここからの身の振り方は昨日少し考えた。が、なるようになるしかないと深く考えるのはやめた。

***


その後かなり待たされ、村長宅を案内してもらった。
場所が遠いのも、自分の素性や扱いを相談しているであろうことも承知の上だったが、あまりに待たされるので1度庭に戻ろうかというところで迎えが来た。

結果から述べると引き続きアメの家に世話になることになった。
神隠しの経緯と、何処にもナマエの住んでいた家がないことを確認して、おそらくここから出ることも難しいだろうというのがキスケの目測だった。
よくわからないが神の起こすことなので人知を超えたこともあるだろうと惚け、なんとか乗り切れたのだった。

運が良かったのはナマエはパソコンを使う仕事をしていたため、外から資金を引っ張ってこれると村長宅の——コンノのパソコンを借りられることだった。
コンノは終始不服そうだったが、リンが洗濯の時に私の服をひっかけたわよね?弁償代わりにパソコンを与えなさいと言った途端1台だけですからねと苦虫を噛み潰した顔で告げた。

一通り話が決まり、ナマエはこっそり安堵のため息を吐いた。

「…とりあえず方針は決まったな、俺はキスケだ」
「私はリン、この村の村長をしているわ」
「コンノです。ワタシの私室に入るのですから、身綺麗にすることを心がけるように」

「…ミョウジナマエです。お世話になります」

はたしてお世話になるという言葉が正しいのかは分からないが、コンノやリンとはよく顔を合わせることになるだろう。
正直村のあれやこれやに巻き込まれたくはない。
目指すはユータのようにのらりくらり仄暗い部分に触れず生きることだな、と目下の目標を決めた。

「ナマエは機械に詳しいようだから、村のみんなの困りごとに役立つでしょうし早々に挨拶に行きましょうか」

リンが乗り気なのは、きっと今までにない働き手が来たからだろうと前職(本来であれば今職だ)に感謝した。
プログラムも複雑なものができるわけでなし、ちょっと調べ物が得意で雑務として色々なことが少しできるだけではあったが彼女のお眼鏡にかなったのであれば十分であった。


一方的に知っている人ばかりと言えど、初対面の方々への挨拶は中々精神を摩耗する。
一通り挨拶を終え、まるで入社初日の気分で慣れない帰路を歩むのだった。






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ツユシグレ