二
ドンドンドンドン!!!!
本日の来訪客はなんとも騒がしいとナマエは目を擦った。
懐のアメもあまりの騒々しさに目を覚ます。
この年頃の子の、成長期に身体を作り上げる貴重な睡眠時間を削るだなんて…とぼうっとしていると、アメはゴソゴソと出て行く準備をする。
「私も…、手伝ったほうがいいかな」
「ううん、ひとりでいくよ」
返答にナマエはホッとした。怪異をよく知っているとはいえ、デフォルメされた姿と実際に見る姿は大きく違うだろうし、単純に深夜徘徊が恐ろしい。きっとカラスの羽音だけで腰を抜かす自信がある。
もしアメが行きたくなさそうな雰囲気を汲み取った答えを言ったのだとしたら、申し訳ない気持ちはあるが、夜の恐怖には勝てなかった。
身一つで出ようとするアメに、昨晩の余ったおにぎりを持たせる。
「私はちょっと、怖くて行けない、けど、アメに怪我してほしくないから…無茶しすぎないでね、帰ってきたらお布団においで」
「うん、いってきます」
大人としてあまりに情けなく、また無茶しすぎないなんて矛盾を伝えてしまってナマエの顔には苦笑が浮かんだ。
にこやかに挨拶して出て行ったアメを見習わなくてはいけないと思い、あの度胸はアメだからだ、普通の人間には到底無理だとナマエは速攻諦めた。
もう一度布団を引き上げ目を瞑る。アメが無事帰ってきますように。
結局アメはいつ帰ってきたのか、いつの間にか布団に潜り込んでいた。
人が入っても気づかないなんて、此処にきて図太さが上がったかもしれない。いや、図太くなければ赤の他人の家に住ませろなどとは言わないか。
差し込む朝日で目が覚め、時計を確認するとまだ朝の6時で少し安心した。
ただでさえ穀潰し状態なのナマエに食事の準備さえ出来ないだなんて、子どもの見本から程遠い。
「おはよう」
「おはよう、アメ。今日は買い物に行くんだけど、一緒に行く?」
きっかり7時に起きてくるアメ。果たして何時間眠れたのかはわからないが、ナマエより余程元気そうだった。
昨日、色々話し合いを終えた末リンが「色々入り用でしょう」と言って少し、と言っても身の周り品を整えるには十分な金を持たせてくれた。
勿論きっちり返済するよう伝えられたが、いい歳した大人なのにこんな金の借り方をしては情けないったらないとナマエは少し凹んだ。
返済も、村長宅の機材類の確認やら調整やらをすれば少しまけてやると言われ、なんと良心的かと目を輝かせた。
後ろでコンノが普通の働きに比べればかなり少ないですがねェと言っていたが、とんでもない利子がつくより余程マシである。
手が空いた時にキスケの部屋のエアコンも見てほしいと言われ、ご自身の方が詳しいのでは…?とは言えず、案内の例も兼ねて後日伺うこととなった。余談。
「うん。おひるたべたらいこう」
「ン、待ってるね」
同意とともに右手の薬指と小指をキュッと握られ、あまりの可愛さにナマエは顔をクシャクシャにした。
昨日と同じくアメは農作に勤しんでいる。
ナマエは明日からの仕事のために色々とメモをしていた。ちなみにこのメモと筆記用具は挨拶回りの時にユータから頂いたものだ。なんとも親切な青年である。
仕事といっても、村長宅、あとは他住民宅を一日に2、3件見て回るだけなので二週間もあればある程度は修理等も出来るだろう。
その空き時間に在宅でできるような仕事を引っ張って来なければならない。コンノの私物を借りる罪悪感やら肩身の狭さやらもあるので、手っ取り早く金を稼いで自分のパソコンを買わなければならないし、やることは山ほどある。
昨日入り用のものを挨拶ついでにサザンカ、チナナへリクエストさせて貰ったのでほとんど準備できる手筈だ。
アメの面倒を見ているおかげか——といっても自分の食事も一緒に作っているだけだが——皆快く挨拶に応じてくれ、つくづく自分は運が良かったとすぐそこの小さな神さまに感謝した。
その昼は焼き魚とチャーハンを作り、食事を終えてすぐアメと手を繋ぎながら鳥居を潜った。魚以外のレパートリーも欲しいが幾分か先になるだろうとナマエは歯痒く思った。
シロージやコマコにジビエ肉の処理方法を教わりに行った方が良いかもしれない。肉は大変貴重なのだ。
「あ、アメと…この間来た人」
「ヨウちゃんこんにちは。ナマエだよ。ヨウちゃんはお散歩?」
「うん」
橋の手前でぶんぶんと手を振るアメと、モジモジと話すヨウを見てナマエはすごく癒された。なんて可愛いんだろう。
まだ慣れていないからなのか、少し控えめに話す彼女の姿がいじらしい。
楽しいのか、アメが繋いだ手をぶらぶらと揺らすとじっとその手をヨウが見つめる。
「…いいな」
「ヨウちゃんも一緒に行く?」
「!、うん」
反対の手を差し出すと、ぱぁと顔が輝いた。
こんなに警戒心なく話せるのは偉大なるアメのおかげだとナマエは何度したかわからない感謝を捧げた。まごうことなき両手に花、ナマエの気分はここにきてから一番良かった。
「ヨウちゃんはお昼何食べたの?」
「おじちゃんがカレーを作ってくれたの」
「カレー!いいねえ、うちも今日は夕食カレーにする?」
ぶんぶんとアメが頷く。ナマエは一人暮らしをしていたし食事を人に振る舞ったことも何度もあるけど、やはり毎日食べる人のことを考えて作らないといけないのは大変だと思う。それでも一人分の食事を作るより余程楽しいものだから、料理のレパートリーも増やしたい。
ずっと手作りだとアメも飽きが来るだろうから、定期的にロッカクさんのお店に行くのも良いだろう。そのためにもさっさと仕事を見つけねばならないが。
「ナマエさん、なんだかお母さん、みたい」
「…ふふ、そうだね。早い人は子どもがいるくらいの歳だからねえ」
知るはずのない事情を知っているナマエは、なんとも言えない気持ちになった。
両親に愛されていたし、ロッカクさんにも愛されているとはいえ、寂しさがなくなるわけではない。
少し寂しそうな横顔を見て、大袈裟に腕を振った。
「ヨウちゃん、いつでもうちに遊びにおいで。一緒にご飯を食べると楽しいし、アメも嬉しいもんね」
「うん」
「えっと…おじちゃんに聞いてみる」
嬉しそうに頬を染めているヨウを見て、ナマエも微笑んだ。
三人でキャッキャと手を振りながら歩いていると、いつも戻ってくる時間にいないヨウを心配してか、店前に座って待つロッカクが目を丸くしてこちらを見ていた。
「あ!おじちゃん」
「ヨウさんゴキゲンっスねぇ。遊んでもらってたんですか」
「ロッカクさんこんにちは」「こんにちは」
嬉しそうに彼の元に駆け寄り、食事に呼ばれたこと話すをヨウをみて、ナマエはイイコトを思いついた。
「ロッカクさん、ちょっと」
「何スか?」
ちょいちょい、と手招きしてこちらへ呼ぶ。一緒にいるヨウも一体なんだと不思議そうな顔をしていた。
やはり養父だからか、血の繋がりがなくとも表情がそっくりで小さく笑う。
「ヨウちゃんの手を繋いでください」
「はいっス」
「ヨウちゃんせーのでジャンプだよ」
「?、わかった」
ロッカクに目配せをすると目的がわかったようで、ニヤリと笑う。
「「せーのっ」」
掛け声と一緒に手を引っ張る。同時に行えば大きく跳ねて、ヨウはキラキラと輝く目でこちらを見上げた。
「すごい!すごくとんだよ!」
「おじちゃんのパワーのおかげだねえ」
「ハハ…喜んでもらえたんなら良かったっス」
「アメもやってみて、すごいよ!」
「うん」
「お安い御用っス、ほら手を出して」
もう一度、せーのと声をかけて跳ぶアメを見て、ヨウもキャッキャと喜ぶ。
唯一の同年代(厳密には怪しいが)なのだから、アメも庭仕事以外楽しめれば良いし、ヨウもまとめて遊べれば一石三鳥だとナマエは笑った。勿論もう一鳥はナマエが嬉しくなることだ。
ひとしきりはしゃいだ後、バイバイと手を振って雑貨屋へ向かう。
アメと交互に片足を出して遊びながら歩いていると、後ろから「おじちゃん、今度あれやりたい」と聞こえた。
きっと次は手を繋ぎ変な歩き方をする二人が見れるに違いない。
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