ついに始まった期末試験。私達の試験監督が校長になるだなんて誰が予想できただろうか。

「上鳴の放電で何とかできない?!」
「どこにいるかわかんねえのに無駄撃ちできねえよ……秦野の個性使っても敷地内全部には当てらんねえし」

もっと狭い体育館くらいの広さであったなら話はまた変わっていたのだろうが、町一つ分くらいはありそうなこの試験会場ではいくら私が上鳴の個性を増幅させたとしてもどこかにいる校長に電撃を当てるなんて芸当は不可能だ。あちこちから落ちてくる瓦礫を三人で避けながらこの期末試験を突破できる手立てを話し合ってみるけれど一向に案が思い浮かばない。

「とりあえず逃げるっきゃねえ!」
「脱出ゲートどっちだろ?!」
「多分……こっちだ!」

二人が行き先を決めているけど、本当にそうだろうか。先程の音がした方向や瓦礫が落ちてきた向きを考えるとそこにも瓦礫があるはずじゃないのか。そう思ってもすぐには言葉にできなかった。時間制限という足枷がある中で二人がそう決めたのなら私が余計なことを言って惑わすのはよくないと思って。

「沙耶早く──えっ?」

三奈に続いて角を曲がった瞬間、目に入ったのは瓦礫で行き止まりになった道と陰っていく上鳴の姿。こんないい天気で陰っていくということは上に何かが来ているというわけで。

「わ、わっ!」
「校長先生俺らのこと生き埋めにするつもりかよ?!」
「まさか、先生だし……」

二人に手を引っ張ってもらい事なきは得たが、道は塞がってしまった。前にも後ろにも進めないけれど、逆にこの瓦礫を足場にして登っていけば現在位置もゲートの場所も校長も確認できる。三人の身体能力を私の個性で増幅させればそれも可能だ。
考えをまとめて二人に伝えようと前を向くと、三奈は既に行動に移していた。建物の壁を酸で溶かしていたのだ。

「沙耶、上鳴!こっち!」
「……うん!」

結論から言って、この選択肢は間違いだった。屋内に入って安全にゲートまで向かおうとした私達はあくまで校長を『先生』として対処しようとしていたけれど、この数十分に限っては敵として認識しなければいけなかった。屋内の建物に埋められようが、どれほどの鉄骨が降り積もろうが校長は一切気にしなかったのだ。

『上鳴、芦戸、秦野チーム。タイムアップによりリタイア』

クラスメイトが次々にクリアしている中、私達は一度として校長の姿を見ることさえできずに試験終了時間を迎えることになった。十分くらい前には幼馴染の彼と八百万のペアがクリアしたとアナウンスがあったのに。そこと比べたって仕方がないのにただ試験不合格とされるよりもよっぽど辛く感じてしまう。
情け無い。私はこの三ヶ月、雄英で何をしてきたのだ。彼のサポートができるようになりたいと雄英の門を潜ったくせに彼には拒絶され、クラスメイトのサポートだってできていない。

『現代のヒーローはただ言われるがままに個性を使って人助けをする仕事ではない』

彼と鉢合わせしないよういつものように学校で時間を潰している間も、一人で家まで帰る途中にも体育祭でエンデヴァーに言われたことが頭をよぎる。
入学試験や個性把握テスト、体育祭などの個人競技は別としても、それ以外で私は指示されるよりも早く個性を使って誰かのサポートをしたことはあっただろうか。演習の授業でだってペアを組んだ人に声を掛けられてから個性を使うのがほとんどではなかったか。自分で考えて行動に移すという当たり前のことが私には欠けていたのではないか。
エンデヴァーはこうも言っていた。向上心を持てと。私は自分のことをサポート専門枠と決めつけ、求められれば個性を使うという流れに慣れきっていたのだ。
こんな体たらくでよくもまあ、彼のサポートとしてプロヒーローになりたいなど夢を見ていたものだな。駅から家までのいつもの道を歩きながらため息を吐いて自嘲するように目を下に向けた。

「……沙耶」
「え?」

家まであとほんの数十メートル、角を曲がればすぐ。そんな場所に彼は立っていた。私よりも随分早く教室を出て行っていたはずの焦凍が。

「焦凍くん……どうしたの?」

ポケットに入れたはずの携帯は鳴っていないし、彼とはここ最近何も約束はしていない。言うまでもなくそれは私が彼と一緒にいないようにしているからだけど、とにかく彼がここにいる理由がわからない。制服姿ということは家に帰らずここで待っていたのだろうが、とんと心当たりがなかった。

「教室だと話せねえから……待ってた」
「……」

流石の彼も気付いていたのだろう、私がこの二ヶ月もの間彼との通学はおろか会話すらも避け続けていたことに。女子の間では私が彼にフラれて気まずくなっているのではなんて噂まで出ていたほどだ。
その噂もあながち間違いではない。彼は体育祭のあの日、私の力は必要ないと宣言した。元々結婚するつもりもないと言われてはいたけど、それを抜きにしても個性を役立ててすらもらえない。私が彼に抱いている恋心も、サポートしたいという夢も、伝える間も無く否定されてしまったのだ。告白する前にフラれたと言っても大差ないだろう。

「体育祭からずっとおかしいよな。何かあったのか?それか……俺が何かしたか?」

彼からしたらいきなり幼馴染が自分を避け出したのだからおかしいと思うのも当然だ。何回も話しかけようとしてくれた彼から逃げるようにその場を去ったり他の人に話しかけに行ったり、客観的に見れば何と態度の悪いことか。
だけど私が私を守るためには必要なことだったのだ。今までと同じように彼と接していたらいつまでだって彼への恋心を捨てきれない未来は目に見えている。私だって馬鹿じゃない。一縷の望みもない片想いなら諦めた方がいいに決まっている。だからそのために、彼への想いを断つために、その準備ができるまでは彼から離れようと決めていた。

「体育祭であいつに言われたからか?」
「……ううん、エンデヴァーさんも焦凍くんも何もしてないよ。ただ私が……」

何故涙が込み上げてしまうのか。あの雪の日からいつしか私は彼を好きになって、親同士の軽い約束を盾に高校まで追いかけてきて、入学して一ヶ月で夢が絶たれたからといって私がここで泣けば彼は責められているように感じるだろうし、優しい彼が余計気にしてしまうだろうことは目に見えている。
だから私が取るべき行動は何か適当な理由をつけて今まで取った非礼を謝罪するだけ。それ以外は何も言ってはいけないし、これからは彼の幼馴染としてクラスメイトの一人として当たり障りのない関係を続けるだけだ。
ともすれば喉の奥から余計な言葉が出てきてしまいそうでお腹のあたりの制服を握りしめる。彼の顔を直視できず視線を地面から上げられもせずにいるとカシャン、カシャンと軽い金属の音が段々近づいてくることに気づいた。

「沙耶?と、轟くん。何してるのこんなところで」
「まどかちゃん?」
「……退院したんですね」
「ああ、沙耶から聞いてたの?お陰様でもうすっかり元気だよ」
「どうしたの?うちに用事?」
「うん、リハビリがてら叔母さんに退院の報告を……」

後ろからやってきていたのは松葉杖をついた従姉妹だった。先週目が覚めたとは聞いていたけれどもう退院して戻ってきていたとは。ぼやけていた視界は元通りにはなったけれど従姉妹は不思議そうに私達を見比べていた。

「二人は学校帰り?」
「……」
「そうです。少し沙耶に話があったんで……」
「……こんな道端じゃなくて家に行ったら?今誰か人来てるの?」
「ううん、多分そんなことはないと思うけど……」

従姉妹の提案は尤もなのだが家に行ってまで話すことでもないというか。そもそも家族にこんな話は聞かれたくないし、聞かれたくない相手には従姉妹も含まれる。彼女は私が彼をどう思っているかは知らないはずだ。そもそもプロヒーローとして立派に自律している彼女にこんな情けない話をするなんて。
この場をどうやって切り抜けようかと考えていると「大丈夫です、もう帰るところだったんで」彼が口を開いた。嘘でしかないその言葉にホッとしている自分がいる。何故私はいつもこうなのだ。

「じゃあ沙耶、また明日」
「う、うん」
「……あ、待って轟くん」

私に背中を向けて従姉妹ともすれ違って帰路につこうとする彼を従姉妹が呼び止めた。従姉妹が身体の向きを変えるとまた金属音が鳴った。

「夏休みね、沙耶と博多に行こうって話してたんだ。轟くんも一緒に行かない?」
「博多に?」
「うん。職場体験はしたんだろうけど、それとは別でプロヒーローの仕事見るのもいいんじゃないかなと思って。ホークスってほら、体育祭で会ったよね?あそこの事務所の仕事見にいこうと思ってて」
「……行っていいんですか?」

彼が私を一瞬見た。何故従姉妹は彼まで誘うのだ。気まずい雰囲気が流れていたことくらいわかっていそうなものなのに。しかし、いいともダメとも答える権利は私にない。誘ったのは従姉妹だ。

「勿論。色んなヒーロー見た方が将来の役に立つと思うし。でも遠出になるから親御さんの許可はもらってきてね」
「わかりました。ありがとうございます」
「いいえ。それじゃあ日にちは沙耶から知らせるから」

今度こそ彼は私達に背中を向けて帰って行って、従姉妹は松葉杖に身体を預けながら手を振ってそれを見送っている。私はと言えば、軽く手を上げてまたねと声をかけるどころか彼と博多に行かなければならなくなったことに頭を悩ませていた。
彼を嫌いになったわけはなく、むしろその逆だ。一緒にいればいるほど好きなところを見つけてしまう。諦められなくなってしまう。それが怖いのだ。

「お節介だろうけど、話せる時に話しておかないと後悔するよ?」
「……うん。そうだよね」

従姉妹の言葉が心に重くのしかかる。ついこの前までは昏睡状態だったのだ、重みが違う。
いつまで経ってもこのままでいてはいけないことは私も流石に理解している。彼が私の行動を気にした以上、もう避け続けることはできない。夏休みまであと二週間と少しある。それまでに覚悟を決めよう。
彼に想いを告げてキッパリと振られて距離を置くのか、本心を隠して適当な嘘をでっち上げて彼のことも諦められないまま高校生活を過ごすのか。




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