『日程この辺でどう?雄英の夏休みのことよくわからないから課外授業とかあるなら言ってね。轟くんにも連絡よろしく』

従姉妹から来たメールを読み返して肩を落とした。それはついさっき担任から期末テストの実技で赤点を取ったと告げられたかもしれないし、彼と二人きりではないとはいえ博多に行くことがいよいよ現実味を帯びてきたからかもしれない。

「焦凍くん、ちょっといい?」
「どうした?」
「あのね、今朝まどかちゃんから連絡あって。林間合宿の二日前でどう?って言われてるんだけどいいかな?」
「問題ない。泊まりか?」
「うん。一泊二日だって」
「わかった。待ち合わせの場所とか時間とか決まったら連絡くれ」

彼はあの日以来私に話しかけようとはしなくなった。私があの時何を言わんとしたのかを聞いてくることもなく、この一週間は必要最低限の会話しかしていない。こうなることを望んだのは私のはず。寂しく思うなんて許されることではないのだ。
今までのこともまだちゃんと謝れてはいない。博多に行けば二人で話す時間もあるだろうし、本当のことは言えないまでも謝罪をして博多では昔みたいに過ごそう。自分本位な行動ばかりで恥ずかしくなってしまうけど、彼の優しさにつけ込むような真似だけど、これで最後にするから。博多から帰ってきたらもう彼への恋心は捨て去るから。

『この前はごめんね。一緒に出かけるのっていつぶりかな?学校では毎日会うけど、こういうのってすごく久しぶりだから……私、楽しみにしてるね!』

終業式の朝、待ち合わせの場所と時間とを合わせて彼へメッセージを送った。ああもあからさまに避け続けておきながらなんて虫のいい話だと思うことだろう。実際私だって自分がいかに身勝手な真似をしているかは重々承知の上だ。
それでも別に良かった。彼になんと思われようと、博多から帰ってきたら何年も抱き続けていた想いとはさよならするのだから。嫌われれば悲しいし寂しいけれど、いっそそっちの方が余計な感情を抱かずに済むかもしれない。

「博多って思ってたより遠いんだね……大阪で乗り換えなんだ」

乗り込んだ新幹線は三人席。まだ怪我の治りきっていない従姉妹が窓際に座り、私と彼とが隣に座ることとなった。今日から二日間は何も気にせず彼と今までのように話そう。勿論彼がそれを望んでいないのなら話は別なのだけど、優しい彼は私の様子が元に戻ったとわかってからは今までと同じように接してくれている。

「四時間半くらいらしいな。寝ててもいいぞ」
「ううん。林間までの課題やらないと」
「ああ……追加のやつか?」

悲しいかな、私は期末で赤点を取ったために彼よりも課題が多い。三日後から始まる林間合宿でも補習があると言われている。「大変そうだな」ぽつりと呟いた彼の感想に苦笑を返してバッグからテキストを取り出すと、私達を見ていた従姉妹がテキストをじっと見ていた。

「追加のやつって?」
「えっと……」
「実技で赤点だと追加で課題出されるんで」
「……赤点かあ」
「あはは……」
「でも座学は結構順位良かったっすよ」
「焦凍くんフォローありがとう……」

良かったと言っても彼よりは下なのだけど。ふう、と一息ついてテキストを開いた。『非常時におけるヒーローの立ち回りについて』状況設定をもとに自分の個性を基本にして小論文を書けというものだった。恐らくこれを合宿での補講に使うのだろう。
敵の位置が不明な場合の立ち回り、地形や道筋の理解、自分やバディが攻撃を受けた時の対処、市民が危険に巻き込まれないための避難誘導や声かけ、巻き込まれてしまった時の対応──こうやって時間をかけて状況判断をしろと言われればまだできるのにな。お茶でも飲もうとペンを置くと隣からの視線に気づいた。

「……私なんか変なこと書いてた……?」

座学でも演習でもほぼトップである彼から見たら私の考えは正答とは言えないものだったのかもしれない。しかし今指摘してもらえればまた考える余地もあるだろうし、この後のホークスの動きを見て参考にできるかもしれない。

「いや……」
「……?」
「なんで赤点取ったんだ?」

そんな純粋な目を私に向けないでほしい。何故と問われれば校長の元にたどり着いて手錠をかけることもできなければ、逃げの一手を選んでゲートから出ることもできなかったからなのだが、彼の疑問はそういう意味ではないことはわかる。

「なんでって……」
「演習は校長相手だったよな?どういう作戦だったんだ?」
「作戦は特に……校長先生の場所もわからなかったし、次々建物が倒れてくるから三奈と上鳴くんがこっちだって指示してくれた方に着いていくしかできなくて」

これではまるで二人に責任を押し付けているようではないか。「すぐに意見まとめられなかった私が悪いんだけど」そう付け加えると彼は駅で買っていたサンドイッチの封を開けてからまたこちらを見た。

「そうか。沙耶は俺とか爆豪みたいに即動くってタイプじゃねえもんな」
「うんまあ……そうだね」
「だけど沙耶は周りをよく見てる。この課題だって俺じゃ気づかねえ所も補足してた。多少時間かかっても状況把握したり考えられんのはいいことだ……と思う。俺は」

彼に認められた、褒められた、ただそれだけでこんなにも嬉しくなってしまうものなのか。胸が熱くなって、嬉しさのあまり言葉に詰まってしまうような感覚を覚えるほどなのか。彼に見えないよう逆側の手でスカートを握りしめた。

「あ……ありがとう」

残り二日でこの気持ちに別れを告げられる自信がない。どう足掻いても私は彼のことが好きで、彼の隣に立ちたくて今まで努力をしてきたのだ。もう諦めないといけないと言い聞かせながらもたった一言でこんなにも感情が揺れ動いてしまうのに、林間合宿からは何の感情も抱いてないクラスメイトになんてなれるとは思えない。もっと違う事を考えて、彼への意識を逸らす努力をしなくては。
新幹線では乗り換えも含めて四時間半、ほぼずっと期末の演習試験や明後日から始まる林間合宿の話をしていた。まだ彼を避けていたこともちゃんと謝れていないのにという後ろめたさはあれど、久しぶりに続く彼との会話はとても暖かなもので。どこかで二人になる機会があったらここ二ヶ月の態度を謝ろう。そして明日、再び新幹線に乗る時には気持ちに整理をつけておくのだ。

「どこでホークスと待ち合わせてるの?」
「駅出たらすぐいるって……あ、ほら」

博多駅に到着してホークスを見つけるまでに時間はかからなかった。コスチューム姿で駅にいるヒーローはそういないからというのもあるが、何せその背にある翼はこの個性社会においても特徴的過ぎるのだ。

「ようこそ博多へ。長旅お疲れ様」
「私はもう慣れたから全然。轟くんと沙耶は?疲れてる?」
「大丈夫です」
「私も。あの、お時間割いてくださってありがとうございます」
「いいってそういうの。じゃあとりあえず荷物置きに行こっか。まどかさん歩ける?」

ホークスが従姉妹の荷物を羽根に乗せたかと思えば私達のバッグも瞬時に赤い羽根が持ち去っていっていた。何という早技、そして個性の扱い方。三箇所それぞれの荷物を荒々しく奪うわけではなく、私達の腕や肩と荷物の隙間に入り込んだ羽根が優しく持ち上げたのだ。しかも従姉妹と話しながら。一度に複数の動作を同時にできている。新幹線では『多少時間がかかっても』とは言ってもらえたが、やはり私にはこの速さが欠けているように思えた。

「ここが事務所。で、上の階は泊まれるから今日はそこ使って。部屋の鍵はこれ」

大きなビルの中にホークスの事務所は存在していた。広い面積の割に置かれているのはソファーやデスクといった実用的なものばかりで、後は申し訳程度の観葉植物くらい。こんなに目立った容姿の人なのに随分簡素だな、そう思って事務所を見回していると親しげにサイドキックに挨拶している従姉妹が目に入った。

「泊まる部屋まであるんすね……」
「大きい事務所は大体あるんじゃない?俺の所はそんなに使わないけどサイドキックがたくさんいたりする所は特に。あとチームアップが多かったりするとよく使うらしいね」
「チームアップ少ないんですか?」
「うん。なんで?」
「まどかちゃんよくここに来てるみたいだったので。てっきり多いのかなって思ってました」
「ああ……まどかさんのはチームアップともまた少し違うしね。じゃ、荷物置いてきたら下で集合しよう」

ホークスのその一言を皮切りに二人で荷物をそれぞれの部屋に置いてビルの入り口に戻った。前に東京へ行った時も感じたけれど博多も静岡とは違ってとても賑やかで栄えている。ここに来るまでもヒーロー事務所を見かけたし、そもそも静岡にこんな大きなビルに入っているヒーロー事務所などあるのだろうか。

「すげえとこだな」
「ね。でも焦凍くんインターンで……」
「あの時はほとんど保須にいたからあんまりあいつの事務所見てねえんだ」

あの時私もエンデヴァー事務所を選択していたら何かが変わっていたのかなと考えてしまったけど、その前の体育祭で既に私達の間には線が引かれたのだから無意味でしかない。私が間違えた選択肢はもっと昔にあったはずだ。

「ごめんね、待たせちゃって」

ビルの入り口で待つこと五分、従姉妹達がエレベーターで降りてきた。静岡からここまで片方だけついていた松葉杖はなくなっている。

「ああ松葉杖?ギプスつけてたら問題ないし何かあったら邪魔だから置いてきたの。パトロール中心だからそうそう何もないと思うけど」
「何かあってもまどかさんは動かないでいいって。はいこれ、二人も持ってて」

手渡されたのは一枚の赤い羽根。間違いなくホークスの個性で動く剛翼の一部だ。特にホークスが何もしていなければ羽根も動くことはないらしく手のひらの上で静かに座っていた。

「羽根……っすか」
「そ。そこまで離れてなきゃ君達が迷った時とか別行動してトラブった時とかこれに話しかけてくれれば俺には聞こえるから。携帯使えない時はこっちをうまく使って」
「携帯使えない時……」

ただのパトロールでもそこまでを想定して動くものなのだと息を呑んだ。携帯が使えない時と言われると数ヶ月前のUSJの一件が思い起こされる。隣にいる彼も同じ事を考えているのか羽根をじっと見つめていた。
「ほとんど何も起きないからそんな深刻に取らないでいいよ」ホークスの補足に頷いてパトロールは始まった。

「……すげえな」
「うん……」

ホークスの仕事ぶりをこんなに間近で見るのは初めてのことで丸くなった目が元に戻る時間などほとんどなかった。
陸橋をエレベーターで乗ろうとしている老人のためにドアが閉まらないよう羽根で抑えたかと思えば、通行人がぶつかって倒れそうになった薬局のラックとそこから落ちる一つ一つの商品を地面につかぬよう持ち上げ、風で飛んでいってしまったチラシを一枚残らず持ち主の元へと返していた。それに加えて声が上がる前から敵を取り押さえたりもしているし、それらをこなしていても民間人から呼びかけられれば笑顔で対応し、世間話までしている。

「二人ともここにいてね!」

ようやく一通り見終えて休憩しようと公園のベンチに座った瞬間ホークスの携帯が鳴り、そこから一分と経たない内に従姉妹と二人で公園からいなくなってしまった。ホークスの羽根で移動したのだろう、全く目では追えなかった。そしてそれから間もなくして遠くで聞こえる消防車のサイレン。どこかで火事が起きたのだろうか。

「ありがとな」
「え?」

突如として彼がお礼の言葉を呟いた。目は公園にいる人達の動きを追っているけれど隣にいるのは私で、恐らく私に向けられているとは思うのだが逆ならまだしもお礼を言われるようなことなど何一つした覚えはない。

「ホークスの仕事見れてんのはまどかさんもだけど沙耶のおかげでもあるだろ」
「私?ううん私は別に何も……」

むしろ今日に至るまでは一緒に博多へ来ることは不安でしかなかった。どうしたって私達二人で話したり行動したりすることになるのに、そんな中でこの気持ちに踏ん切りをつけられるとは到底思えなくて。だからお礼を言われる筋合いなどない。従姉妹に彼を誘わないでと言えなかっただけなのだ。

「沙耶に嫌われたと思ってたから博多も一緒に行きたくねえだろうなって……でも違う……んだよな?」
「……うん。違う。嫌な態度取ってごめんね」
「違えなら、いい」

嫌いじゃない。嫌いなわけがない。嫌いになれるわけがない。あなたは私の好きな人で私にとっての憧れそのものなのだ。
残り時間はあと一日。それまではこの気持ちを持って彼の隣にいることを許してほしい。二日後からはただのクラスメイトになれるよう努力するから。




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