ステインことヒーロー殺しは既に捕まったものの民間人が撮っていたという動画が与える影響や、同時に出没した敵連合の怪物三体による被害の後始末。それに加えて雄英に引き続き都内でもあの怪物が出たのなら、全国で警戒を強めなければいけないという理由から始まった公安での会議が終わった。

「……」

会議中だからと切っていた携帯の電源を入れ、着信やメールを確認したが何も来ていない。留守電を聞いていないのかもしれないが、一介のヒーローが十二時間以上連絡を断つなどそう起きることではない。昨夜から感じている不安が益々肥大していく。
その不安解消に向け何かしたいと思いつつも、一人のヒーローとしてやらねばならないことも山のようにある。まずは手渡された端末に映る動画の確認だ。

「動画ねえ……こういうのは消せませんよ、消したら増えるって知りません?」
「消さない理由にはならないでしょう」
「そりゃごもっともですけど……ん?」

動画でヒーロー殺しの奥に映っているのは先週見た顔だった。雄英の一年A組、体育祭ではエンデヴァーの息子相手に指や腕を犠牲にしながら激闘を演じ、終わった後はやたらと質問を投げかけてきた男の子。自分の所へ常闇が来ていたように、彼もまた都内のヒーロー事務所で職場体験をし、今回の事件に巻き込まれたのだろうか。USJでの一件といい今回といい、十五歳にして波瀾万丈だな。

「何か動画で気づいたことがあったら言ってちょうだい」
「ああいや、この奥に倒れてる子が知り合いだったもんで。帰る前に話聞いてこようと思うんですけど入院先わかりますか?」

公安にかかれば調べ物など数分あれば済む。新聞に載っていた『居合わせた高校生三名』は全員同じ病院にいるらしい。表から入ると騒がれる可能性もあるが、真昼間に屋上から入るのも窓から侵入するのもあまりいい手段とは言えない。大人しく一階の入り口から入ると携帯を片手に座る男の子と目が合ったから片手をあげて挨拶した。

「ホっ、ホ……ホークス!?」
「静かに。病院だからね、ここ」
「あっ、はいっ、すみません!」

熱でもあるんじゃないのかと思うくらいに顔を上気させ大きく目を見開いているのは確か緑谷出久という名前だったはず。横に置いてある松葉杖からしてやはりヒーロー殺しの一件に巻き込まれたのは彼で間違い無いのだろう。

「あのっ、ホークスがなんでここに……?エンデヴァーみたいに保須に来てたんですか?」
「いや、ちょっと別件でね。動画見たけど巻き込まれたんだって?少し話聞ける?」
「勿論です!あ、でも僕だけじゃないのでよかったら病室に行きませんか?」

同じクラスの二人も事件に遭遇したのだと話す緑谷出久は声が大きいだけでどこか元気がなかった。腕に包帯、足は松葉杖で支えている状態なのだから無理もないだろうが。体育祭の後もギプスをしていたし今回もこれなのだ、個性を使う反動なのか戦い方なのかは知らないがもう少し雄英も彼に目をかけてやればいいのにと思う。後進育成など興味はないが、ここまで怪我だらけの年下ヒーロー志望を見るのはやるせなくなる。

「あれっ?」
「緑谷くん……とホークス?」

病室に行くために呼んだエレベーターから出てきたのは緑谷と同じく雄英の一年生、まどかが『沙耶』と呼んでいた女の子だった。上の階から降りてきたのだろうがこの子は私服で病院着ではないし、見える範囲に怪我もない。クラスメイトの見舞いということか。

「秦野さんもしかして轟くんのお見舞い?」
「えっ?」

緑谷も同じように予想したのだが彼女の反応は違った。よくよく見れば目も赤く、荷物もほとんどない。

「焦凍くんもここにいるの?緑谷くんもなんで……あっ昨日の位置情報ってもしかして救援要請だったの?怪我も酷そう……大丈夫?」

彼女はクラスメイトがここにいることどころか事件に巻き込まれていたことも知らなかったらしい。充血した目は緑谷の包帯や松葉杖を見て驚きの色を浮かべている。
では何故ここに、この病院にいるのか。東京には職場体験で来ているのだろう。しかし問題はそこではない。静岡に住み静岡の学校に通っているのに、東京の病院に彼女が見舞うような相手がいることこそが問題なのだ。

「あっ僕は全然、轟くんと飯田くんもいるけどみんな問題ないと思う。今からホークスと病室行くんだけど秦野さんも行く?」
「……うん、行く」

再度エレベーターを待っていると一分と経たずに降りてきた。昼食どきだからだろうか、見舞客もあまりいないらしくエレベーターは三人で貸切だった。ざわつく胸を鎮めようと静かに上昇する機械に映る階数表示を見た。さっき到着を待っていたエレベーター、つまりこの秦野沙耶が乗ったであろう階の案内は『集中治療室』と書いてある。

「……ホークスにも連絡きたんですか?」

沈黙を破ったのは秦野沙耶だった。まどかと従姉妹だと聞いているが身長も顔もあまり似ていないなと観察しながら見下ろして次の言葉を待つが俯いたまま何も言わない。

「連絡って?」
「まどかちゃんの……」

エレベーターが止まった。一般病棟の階に着いたからだ。エレベーターを待っていたらしい入院患者が口々に「ホークスだ!」と騒ぎ始める。普段なら一人一人にそれなりの対応ができるはずなのに口がうまく動く気配がないのは、彼女の名前が出たからだ。集中治療室から降りてきた女の子が言う「まどかちゃん」についての何かしらの連絡がどうしても気になってしまうから。
「と、とりあえず僕らの病室に行きませんか?」騒ぎをよく思っていないだろう看護師達の視線から逃げるために、松葉杖をつく緑谷に連れられ病室へ避難した。

「轟くん、飯田くん、下でホークスと秦野さんに会ったんだ。入ってもらってもいいかな?」

病室にいたのはエンデヴァーの息子とインゲニウムの弟だった。何故彼らが職場体験を経てこの病室に辿り着いたのかは聞かなくとも察することはできる。

「みんなその、職場体験で東京に来てたところで」
「ああ、その辺聞きたいわけじゃないからさ」

轟焦凍はエンデヴァーの下で職場体験を受けると聞いていたからその流れだろう。飯田と呼ばれたインゲニウムの弟の方は、兄弟揃ってヒーロー殺しと関わるなど偶然に偶然が重なる奇跡でも起きない限り彼が首を突っ込んだのだと思われる。
しかしながらそんな事情に興味はない。求めているのはヒーロー殺しとあの怪物についての情報。本当はドアの近くで床を見つめている彼女に一番聞きたいことがあるのだが、私的な都合を優先できる立場ではないと自分に言い聞かせた。

「最後に攫われそうになった時以外はほぼあの怪物とは関わりがなかったと」
「は、はいっ」

有力な情報はほぼなかった。彼らがヒーロー殺しと戦っている間怪物はやって来なかったというのだから仕方ないけれど。しかし普通、徒党を組んでいるなら怪物がヒーロー殺しを助けるだろうに、怪物は高校生を連れ去ろうとした。そしてヒーロー殺しが迷わず怪物を始末した。

「あと……その時いたネイティヴさんってプロヒーローから聞いたんですけど、怪物のこと後で始末してやるって言ってたみたいです」
「……」

お互いを助ける様子はなく好き勝手動いているということは敵も一枚岩ではないのか。もしそうならばつけ込む隙は多くなるからありがたい。そんな思考は轟焦凍の声で停止させられた。

「……ホークスが来た理由は俺らにこの事聞くためって事ですか?」
「そうだね。直接確認したかったから」
「じゃあ……なんで沙耶まで?」
「彼女とは下で会っただけだよ」

確か許嫁だとか言っていたな。彼女を連れてきてこんな表情にさせたのが俺だと思っているのか、ほんのり感じる敵意に笑ってみせると「そうですか」と返答があった後に敵意は消え、その視線は彼女へと移っていた。

「緑谷の位置情報見てきたのか?よく病院までわかったな」
「ううん、焦凍くん達がここにいるってことは全然知らなくて……昨日お母さんから連絡あったの、まどかちゃんが入院してるって。だから職場体験早めに終わらせてもらって今日お見舞いに来てて……」

「えっ!」大きな声を緑谷が発してくれて助かった。自分の血の気が引いていくのが分かり、それを高校生達には悟られたくなかったから。

「まどかさんというと秦野さんの従姉妹だそうだな、体育祭の後皆でお世話になったと聞いたが……」
「うん。こっちに仕事で来てたんだけど少し前にヒーロー殺しにやられたんだって」

淡々と話す彼女の言葉は誰にも遮られることはなく、彼女の状況も簡潔に説明していた。内臓を複数損傷し大量に出血して生きているのがおかしい状態で発見されたが、治癒の個性を持つ医師や看護師が日夜治療にあたり現在では生命の維持に関わる怪我は全て治っている。
しかし原因不明の昏睡状態で意識が戻らないのだと。その一言を耳にした瞬間、指先が氷に触れているかのように冷たくなり、気道が狭まったのではないかと錯覚するほどに息苦しく感じた。

「その……まどかさん、大丈夫なのか?」
「わかんない。明日目が覚めるかもしれないし……」

あるいは、と続きそうな言葉を秦野沙耶が口にすることはなかった。
まどかと連絡がつかなくなったことを思えば、ヒーロー殺しに襲われたのはきっとあの夜だ。その日の内に病院に運び込まれたとして既に五日は経過している。東京と九州で隔たりがあるとはいえ今までヒーロー殺しに遭遇したヒーローの名は全て公表されており、全てを把握しているつもりだった。だからヒーロー殺しとは関係ないだろうと、せめてそこだけは安心していたのに。

「ごめんね飯田くん、お兄さんのこともあるしこんな話聞きたくなかっただろうけど……」
「……いや、僕が言うのもなんだが……早く目が覚めるといいな」
「うん、ありがとう。……お母さん待たせてるから私もう行かなきゃ」

お暇ついでに彼女を下まで見送ると告げて二人で病室を後にし無言のままエレベーターホールまで辿り着くと、彼女は上の階へ行くボタンを押した。

「……行きますか?中には入れないんですけど」

どこに、とは言わなかったし、言われずともわかっている。ただ自分に行く資格があるのかわかりかねてしまい頷くことはできなかった。

「どうぞ」

沈黙を肯定と受け取ったのか、誰も乗ろうとしないエレベーターの戸を開け続けてくれた彼女の声に背を押される形で乗り込んだ。早くその階に着いてほしくもあり、着かないままでいてほしくもある。瀕死の重体なんて今まで嫌と言うほど見てきたというのに、この短時間では久保まどかのそれを見る覚悟を決めることができなかった。

「前に、まどかちゃんが博多はヒーロー志望にはいい勉強になる街だって言ってたんです。今度まどかちゃんと伺ってもいいですか?」

明らかに彼女の声は涙ぐんでいる。クラスメイトの前では気を張っていたのだろう。いくらヒーロー志望とはいえ十五歳で親戚が死にかけているだなんて辛いに決まっている。不憫には思うものの彼女に掛けられる言葉は持ち合わせていないし、今の自分に人を気にかける余裕はなかった。

「もちろん。いつでも歓迎するよ」

この約束が少しでも早く果たされるといい。そうなった時は、ガラスの向こうの部屋にいる彼女は呼吸器も心電図も外して自分の足で立ち、好きだと言ってくれた博多に来てくれるはずなのだから。




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