「私にとって切島くんは大切な友達なんだ。だから……」

一年生の体育祭で爆豪から喰らった絨毯爆撃のような衝撃だった。身体中に鈍痛が回る。喉元を直接握り潰されているのではなかろうかという息苦しさ。これが──そう、この痛みが失恋というもの。好きな人から一線を引かれるこれこそが。
まだユリに直接想いを告げたことはなかった。初めて花を買いに店へ来た時に一目惚れをし、力仕事なら手伝えるからと頼まれてもないのに店に顔を出すようになってから募らせてきたこの恋心をいつ、どうやって伝えるべきかを決めきれないままで。相談相手であるファットは今すぐ、天喰はもっと関係を築いてからにすべきだと正反対の助言だったから、というのもあるけれど結局は俺の経験不足と勇気のなさが原因だ。

「……」

しかし、テーブルを挟んで目の前に座るユリは俺の気持ちなどとうに気づいていたというわけか。彼女のことが好きだから、少しでも近くにいたくて店の手伝いを買って出たことも、柄でもない花の勉強なんかして彼女と会話が広がるようにしていたことも。
まさか告白するよりも先に振られるなんて思ってもみなかった。それほどまでに自分の気持ちが筒抜けになっていたことは十分恥ずかしく、失恋の痛みと相まってユリから顔を背けてしまいたかった。

「もうバレてるみたいなんで確認っつーか……」

そうしたかったけれど、なけなしの勇気を振り絞って前を向いた。背筋を正し、俯きがちなユリを見据えた。
既に気持ちが知られていることは恥ずかしいし、恋愛対象ではないと言われている中で改めて言葉にするなんて敵に立ち向かう時とはまた別の恐怖を感じる。だけど、言葉にしないと後悔すると思った。初めて好きになった人に想いを告げないまま終わるなんて。

「俺、ユリさんのことが好きです。初めて会った時から気になってました。でもダメってことっすよね?」

確かに最初はユリの外見に惹かれた。童話のモチーフにでもなりそうな可愛らしい顔や女性らしい綺麗な白い肌に艶のある黒髪。彼女の見た目がきっかけではあった。
けれど、花屋の仕事に打ち込んでいるひたむきな姿を見てより好きになっていったし、時折憂いを帯びたような表情をするものだから俺が守ってあげたいと強く思うようになっていた。俺が彼女に抱いているこの好きという気持ちは外見だけを見た軽薄なものではない。その気持ちを込めて伝えた言葉を噛み締めるようにユリは暫く俺から視線を外し、間を置いてから頭を下げた。

「……うん、ごめんね」

俺の気持ちはうまく伝わったのだろうか。どちらにしても俺のことをそういう風には見れないというわけだが。
そして俺への謝罪を呟いたユリはカップを手に取ってお茶を飲んでいた。『お花の名前がついてるとそういうの頼んじゃうんだよね、職業病かな?』以前食事に行った時には笑いながら話してくれていたそのお茶を。使われている花の写真をスマートフォンで調べて二人で見たりもした。

「……?」

それに比べて今のユリはどうしてだか辛そうに見える。
彼女のこんな表情を見るのは初めてだった。今まで接してきた中で何かしら過去を想像させるように影を落とすことはあれど、こんなのは見たことがなくて、見ているだけで心が痛む。
ユリにはいつだって笑っていてほしい。花の話をする時に楽しそうに笑ったり、女性慣れしていない俺の下手くそな会話を仕方ないから聞いてあげようと慈しむように微笑むそんなユリを好きになったのだ。もしかしたらその笑顔は店員としてのものなのかもしれない。春先の三月に出会い、夏の終わりのこの九月まで半年があったとはいえ素顔を見せられるような信頼関係は築けていないのかも。けれど、ユリに幸せでいてほしい気持ちは変わらない。

「なんで謝るんすか?」
「え?」
「ユリさんが謝るところ、ありました?」
「え、だってフったのは私だし……」

告白を断る時は謝る必要があるのかと目が点になった。雄英で見た告白は轟や爆豪に対するもので、付き合ってくださいという女子からの告白に対して両者共に『無理だ』とバッサリ切り捨てていたからそういうものだと思い込んでいた。

「切島くんがどう思ってるかなんとなくわかってて店のこととかさせたりもしたし」

店の手伝いを始める前から気づかれていたとなると更に羞恥心が膨らむが、今はそれどころではない。ユリの心の重荷が俺に対する申し訳なさからきているのであれば取り除いてしまわなければ。俺が彼女を好きになったことで苦しめたくはない。そんな顔をさせたくて好きになったわけではないのだから。

「俺がユリさんを好きなだけで、ユリさんが謝る必要はないっすよ。謝られたくて言ったわけじゃねえし、店のことだってユリさんから俺を呼んだこと一回もないじゃないすか。俺がユリさんといたかったから行ってたんで」

半ば押しかけるような形で店に通っていたことをユリが申し訳なく思う必要はない。俺は彼女と一緒にいられる時間ができて幸せだったし、それが彼女の肉体的負担を減らせていたならそれでいい。
もう中身のないカップに手を添えたまま、ユリは俺を見ている。どことなく目が潤んで見えるけれどそれには気づかないふりをした。

「勝手なこと言うけど……」
「はい」
「私、切島くんと出会えて良かったよ。暫くは気まずいかもしれないけど、切島くんがよければこれからも仲良くしてね」

やっと笑ってくれた。食事を終えて紅の色などとうに落ちているピンク色の唇が弧を描く。今さっきフラれたばかりだというのに、彼女が笑ってくれたことに対して安心感を抱き、やはり笑顔が似合う可愛い人だと思ってしまう。

「俺もです。ユリさんと会わなきゃ花の勉強なんかしなかったし」

会計を終え、ユリを送ってから事務所に戻った。店で買った花がある家には何となく帰る気が起きなくて。

「ちわっす……パトロールか?」

誰かしらいるだろうと思ったが事務所には一人も残っていなかった。緊急通報であれば俺のところに連絡が来ているはずだから事件ではないと思うが。
ソファーに腰を下ろして天井を見上げると、真っ白なはずなのに今の俺には濁って見えた。ため息を吐く気力もない。その濁った色を目に映しているだけでこの半年間の思い出が蘇ってきてしまい、胸が締め付けられる。

「……漢らしくねえよな」

好きな人には幸せでいてほしい。笑っていてほしい。それだけで良かったはずなのに、いざ言葉にされるとショックを受けているのは心のどこかでそうなりたいと願っていたからなのだろうか。

「……シフトじゃないよね?なんでいるの」
「お?レッドライオットか。こんな時間にどないしたんや」

いつの間にか帰ってきていたらしい事務所の主と先輩の声で首を元の位置に戻し、立ち上がって「お疲れ様っす!」勢いに任せ頭を下げた。

「ここヤーさんの事務所やないでー」
「深夜なのに元気だね……」
「すんません!」
「謝らせたいわけじゃない」

先輩達が帰ってきてくれてよかった。一人だとあれこれ考えてしまうものだから。人を好きになることがあんなに幸せなものだとは思わなかったし、フラれた傷がこんなにも深く大きなものだとも想像していなかった。

「これ通りでもらったんだ。夜まだなら食べていいよ」
「すんません俺さっき……」

ユリと二人で食事をした。『お客さんに教えてもらった中華屋さんなの。どう?美味しい?』数時間前まではユリと楽しく食事ができているというその幸せを噛み締めていたはずなのに。俺がもっとうまく気持ちを隠せていたなら、ただの楽しい時間で終われたかもしれないのになと自分自身を責めることしかできない。

「……さっき?」
「あ、外で食ってきたんす。ついでに明日朝早いから事務所に泊まろうと」
「今日花屋の手伝い行く日やなかったか?っちゅーことはあれか、その子と飯食えたんか」

大きい時のファット専用ソファーが見事に沈む。沈ませた主は楽しそうにしているものの、俺はといえばまさにその皺のよった布のような心境だ。雄英時代の友人は全国各地で忙しくしているからと恋愛相談を事務所の先輩方にしていたのがここで返ってくるとは。

「はい!向こうから誘ってもらって。でもなんか結構前から俺の気持ちバレてたみたいなんすよね」

はは、と笑ってみせたがファットの眉は下がり、天喰はあたかも自身のメンタルが傷ついた時のように胸元を押さえていた。

「それは……あれやな、残念としか言いようがないが」
「ユリさんあんま友達こっちにいないから俺とはいい友達でいたいって言われてはいるんすけど」
「けど、なんや?」
「……俺、友達でいられる自信がないんす。ユリさんのこと好きじゃなくなる日ってくるんすかね?」

フラれたから、同じ気持ちにはなれないと言われたからと俺のこの気持ちが消滅するわけではない。膝の上に乗せた自分の手を見つめ、ギュッと握りしめる。言われる前と後とで彼女への気持ちは変わらないし、そもそも出会ってから今この時まで常に想いを寄せていたのだから、彼女のことが好きでない自分など想像もつかない。

「そらわからんな」
「身も蓋もない……」
「ま、まあそっすよね」
「好きなもんは好きやねんからしゃーないやろ。好きなまま友達でおったらええやないか」
「残酷だ……」

背中を丸めた天喰が机に置かれた舟からたこ焼きを一つ取ると、その残りはファットが勢いよく流し込み部屋からソースの香りが消えた。それと同時に、俺自身のもやつきのような迷いも消え去っていった気がする。

「好きなままでいいんすか?」
「ええやろ!人の気持ちは日替わりってわけにはいかん」
「……そっすよね……」
「その子が嫌がらないなら……そのままの君が近くにいてもいいんじゃないの」
「あー、それはあるな。切島くん。ええか?フラれたからには距離感とかには気いつけえよ。まあ大丈夫やとは思うけども……」
「……わかりました!」

背筋を正して頷くと「いつものレッドライオットやな!」とファットが大きな声で笑い、フードで顔を隠した天喰からは「眩しい……」と微かに声が聞こえてきた。
今すぐ俺の気持ちを変えることはできないし、きっとユリの近くにいればフラれた悲しみも痛みも思い出してしまうのだろう。それでも俺はやはり彼女の幸せを望んでいる。助けられることはやってあげたい。友人としての関係を本当に望んでくれているのなら続けよう。




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