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ぱちりと目を開ける。今ではもう見慣れた天井が目に入って、多分いつも通りの朝のはずと思いながら身体を起こすと、やっぱりいつも通りの朝だった。部屋の中には特別変わったところはないし、私も身体がおかしいとかではない。ただ何となく、寝た気がしない。夢を見ていたからだろうか。
といっても、どんな夢だったかは覚えていない。ただ、
「おかしな笑い方をする人だったなあ」
そんな人がいた気がするだけだ。
「え、今日はお仕事ないんですか」
「はい、いつも郁様には色々して頂いてますから。今日はゆっくり休まれてください」
「でっでも、」
「皆様が昼過ぎに帰っていらっしゃるそうなので、きっとそれまでのことになりますし」
「?、というと?」
「郁様は人気者ということですわ」
ふふ、と楽しそうに笑うメイドさんにひたすら首を傾げる。私が人気者……?
朝ごはんを作ろうと食堂に降りていくと、私を見つけたメイドさん達がぱぱっと料理の乗った皿を、今では私の固定席となったところに並べてくれる。いつもは1人くらい守護者(綱吉の直属の部下の人達をそう言うらしい)さんがいるのに今日は誰も居なかった。
そして、有難く朝食を食べ終わり、今日のすることを伺おうとしたところ断られてしまった、という現状である。
どうしたものか。
手早く私の食器を下げてくれるメイドさんを見ながら、今日何をしようかと考える。いつもメイドさんの仕事を手伝わせてもらっていたから充実していたけれど、それもなく綱吉達もいないとなると、手持ち無沙汰なのだ。
「郁様は本はお好きでしたっけ?」
「え、はい」
「でしたら、書庫に行かれてはどうですか? 」
一階の一番奥にある書庫は、もう図書館ではないのかってくらい広かった。蔵書が何冊あるのかも皆目検討がつかない。2階まで吹き抜けのようになっているのに、その壁は上から下まで本当に本に埋め尽くされていて、ほぅと感嘆の息が漏れた。
分かりやすく日本語、イタリア語、英語、その他の言語ごとに分けてあるし、ジャンルも史実関係からファンタジー、エッセイまで様々だ。これは読み応えがありそう。
「お茶とお菓子をお持ちしました」
「わ、ありがとうございます!」
持ってきてくださったお茶とお菓子をそばに、集めてきた本をひたすら読み漁った。
「……ん」
書庫に篭って何時間経ったか分からないくらいで眠気に襲われて机に突っ伏して寝ていた私は、のそのそと身体を起こして目を瞠った。
藍色の長い髪を後ろで束ねた男の人が、私の眠る机に軽く腰掛けて本を読んでいる。あ、その本、私がさっき読んでたやつだ。
「あ、の」
「ああ、起きましたか」
恐る恐る声をかけると、ぱたんと本を閉じて腰を上げるその人。堂々たるその様は、あ、多分この人は守護者の1人にあたるひとだなと直感的に思った。こちらに向き直ったその人の目はオッドアイで、向かって左目には六の数字が刻まれている。儚そうで、危うそうで、一言で形容するには難しい人。私が彼を観察している間、同じように、彼もまた私を観察していて、スゥっと細められた目が私を睨みつけた。
「あなたが彼にとって何の為になるというんですかね?」
「か、彼、というのは」
「沢田綱吉ですよ」
ドクン。心臓が大きく脈を打つ。
「白くて綺麗な手をしていらっしゃる」
「……」
「きっと、誰も傷つけた事がなくて、傷付けられたこともないんでしょうね」
「ーー」
「生温い世界で生きていることをとやかくは言いませんが、その生温い世界を持ち込まれては困るんです」
「……持ち込んでは、」
「物珍しい髪、それ以外にあなたが何を持っているというんです? 」
「っ、」
何の覚悟もなく、彼の側にいたいなど思わない方がいいですよ。
口角を上げて、笑っていない目のままで私にそう言い残して、彼はゆっくりと去っていく。優雅に、堂々と。それはきっと、彼が何かを傷付けてでも守りたいものがあって、傷付けられた痛みも知っているからなのだろう。ここにいる覚悟を、しっかりと決めているからなのだろう。
私には、そんなものは、ないんだ。