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名前も知らない彼が去ってから、積み上げた本も、開きっぱなしの本もそのままに、屋敷内を歩くことにした。色んな人達が働いている。メイドさんたちはもちろんの事、厨房に行けばシェフがいることもあるし、今日なんかは庭師の人もいる。スーツをビシッと着込んだ人たちは、雇われたお手伝いさんたちとは違って、綱吉の、綱吉達の部下に当たる人達。和やかな雰囲気を出しながらも、目はしっかりと周りを見ていたり、書類の処理をしたりと手までも動かしている。
みんな、ここのために動いている。
分かっていたことだった。私はここにいるべきではないことは。だからリボーンさんたちにも、出ていく旨は伝えた。居る間、出来ることはしようと、思っていたけど。

「やっぱり、だめなのか」

住む世界がちがうことは、そんなにもだめなことなのか。綱吉の友人でいることは、そんなにも難しいことなのか。

「郁?」

私を呼ぶ声に、びくりと肩が揺れた。
ゆっくりとそちらを向くと、見慣れた顔。

「どうした? なんか、顔色が悪いけど……」
「つな、よし……」

心配そうに眉を寄せながら、歩み寄ってくる綱吉に、逃げてしまおうかと一瞬だけ思った。ほんの少しだけ、足が後ろにずれる。目敏くもそれに気付いた彼が、私の目の前で止まって、酷く顔を歪ませた。そして、泣きそうな顔で「ごめん」とだけ言う。
ちがう。
私は、こんな顔をさせたいわけじゃない。

「綱吉!」

力なく垂れ下がっていた彼の手を掴んで、声を上げる。
びっくりしたように跳ね上がった彼の視線が私を見つめた。

「私は、綱吉の味方になりにくるって言った」
「……」
「それが、どんな形でできるのか考えても、考えても、なかなか答えは出なくて。今も、正直、出てない」
「それは、」
「でも、私は綱吉の味方でいたい」
「……っ」
「綱吉が、泣きたくなったり、逃げたくなったりした時、雨が降ってきた時、雨宿りできる場所になりたい。そう、望んでもいいかな? 私は、綱吉の側にいることを望んでもいいかな?」

さっきの今で、それを口に出すことは躊躇われた。側にいることを望むなと言われたのに、やっぱり望んでしまって、それを本人に言って、綱吉が拒むはずないってわかっていて、それを言うのはあまりにもズルいんじゃないかと。それでも、必死にもがいて、生きている、そんな彼の逃げる場所になれるなら構わないと思った。

「俺も」
「……」
「俺も、それを望んでるよ」

きらりと、綱吉の目尻が光った。
つられるように、私の目も熱くなる。
本当は怖かった。怖くて怖くて仕方なかった。危ない目にあうかもしれないことも。でもそれ以上に、綱吉の迷惑になってしまうことも。
でも、そんなこと、考えたって仕方ない。

「綱吉、私、イタリアを離れるよ」