18

「綱吉、私、イタリアをはなれるよ」

綱吉の綺麗な目が、見開かれた。

「イタリアのマフィアも日本だとそんな簡単に手を出せない筈だし、私の方は大丈夫になる。そしたら綱吉達の負担も減るし、」
「負担なんて、思ってない!」

珍しく大声をあげた綱吉に、びくりと体が跳ねる。俯いて表情が見えない代わりに、私が綱吉の手を掴んでいた筈が逆に縋るように掴まれていた。

「綱吉、」
「……」
「綱吉」

空いている手の方でするりと綱吉の頬を撫でる。ゆるゆると顔が上がって、酷く悲痛な面持ちをした彼に、ああ、さっきのオッドアイの人はきっとこれを恐れていたんだなと思った。

「少しだけ、時間をちょうだい」
「……どのくらい」
「うーん3年、かな」
「……」
「早くても、2年だと思う」
「……そんなに」
「2年なんて、あっという間だよ」

ふふ、と笑うと、綱吉が泣きそうに眉を寄せる。

「手紙書くから」
「電話もして」
「電話は……しないかな」
「なんで!?」
「だって、声を聞いたら会いたくな、る」

言ってる最後の方で、声が震えた。泣くな、泣くな。

「郁……」
「やっぱり、寂しいものは寂しいけど、自分で決めたことだから」
「俺、待ってていいんだね?」
「待ってて。たとえお嫁さんを迎えても、私のことは別として待ってて」
「……」
「あれ? 待っててくれない?」
「郁ってさ、結構、鈍いね」
「へ?」

少しトーンの低くなった綱吉の声に、あれ、まずいこと言ったか?と冷や汗が伝う。

「つな、」

すっと近くなった綱吉が、私の唇に、彼のそれを重ねた。少しだけ離れた、といっても鼻と鼻が付きそうなほど近い距離で、綱吉が口を開く。

「俺は、結婚する気ないよ」
「ーー」
「郁以外とはね」
「っ!」

至極真面目な顔で言った綱吉に、ぼぼっと顔に熱が灯るのが分かった。予想外のことに、あ、とか、う、とか言葉にならない声だけが漏れる。私の赤が移ったかのように徐々に赤くなった綱吉が、目を泳がせる。

「待って、そんな可愛い反応されてしまうと行かせたくなくなるんだけど」
「あ、ぁ、いや、あの」

そんなこと言われても。
なんて返したらいいんだ、え。
口を開いては閉じ開いては閉じ、ぱくぱくする私に綱吉がふっと目を細めて、私の額に一つキスを落とした。

「焦らないでいいよ。俺も待つから。郁の中で思うことがあったら、その時教えてくれれば、それでいい」
「綱吉……」
「頑張れ」
「うんーー、頑張ってくる」






こうと決めた私の行動は早かった。善は急げとばかりにすぐに飛行機を探し始めた私に、綱吉は飛行機はこちらで手配するからと言ってくれた。
できることなら少しの間残っていたいけれども、みんなが私の護衛にあたる負担を減らすという理由もある以上、できるだけ早くイタリアから出ることは私の中で決めていて、綱吉と話したその日の夜「明日以降ならいつでも自家用ジェット機飛ばせるけどどうする?」と聞かれた私は「じゃあ明日」と即答。

「寂しくなるね、綱吉」
「っ、なんでそういうこと言うんですか雲雀さん!!」
「顔に出てたから口に出してあげたんだよ」
「出さなくていい!」
「ハハッ、ツナは元々が素直だからなー」

雲雀さんと山本さんにからかわれている様子の綱吉を横目に、リボーンさんと「元気ですね」と笑う。

「ま、空元気だろうけどな」
「そう……かもですね」
「お前もか?」
「ーー」
「お前は元気か?」

目を細めて優しげな笑みを僅かに浮かべて、リボーンさんが私に問う。少しだけ考えたけれど、にへらと笑みを浮かべた。

「元気です。まだまだこれから、頑張らなくてはなりませんから!」
「クッ、そうか」
「はい!」

「郁、獄寺くんが車を回してくれたよ」
「うん」
「俺達はここまでだけど、獄寺くんが日本まで送り届けてくれるから」
「うん、わかった。マウロさん達に、お手紙だけ渡してください」
「うん、しっかり渡しておく」

また戻ってくるから今生の別れではないけれど、挨拶もなくイタリアを離れるのは少しばかり気が引ける。だからといって、今会いに行くのも、安全性を考えると得策ではないというのも分かっていた私はマウロさん、ジーナ、エリオ、ロレンツォにひとまずお手紙を書いた。短い短い「また戻ってきます」という旨の手紙だ。綱吉に渡してもらうようだけお願いした。
特に何を話すでてもなく、綱吉とお互い笑みを交わす数秒。ふと視界の端に、あの藍色が映った。

「あの人……」
「え?」

そっと綱吉から離れ、その綺麗なオッドアイの元へ向かう。

「ご存知かもしれませんが、私は白樺郁といいます。お名前を聞いてもいいでしょうか」
「……六道骸、と」
「六道さん」

ばっちり目が合ってるはずなのに感情が読めないほど無表情。きっと、私に期待など全くしていないのだろう。そういう顔をしている。
少しばかりムッとしたので、髪を結っていたリボンをしゅるりと外して、差し出した。は?と言わんばかりの顔で首を傾げる彼に、「預かっててもらえませんか」と頬を緩めた。

「何故僕に」
「決心するきっかけをくれたのはあなただから」
「……」
「私が戻ってきたら、返してください」
「戻ってこなかったら?」
「……、特別考えていなかったので……、戻ってこなかったらリボンも、私も、お好きにどうぞ」

そう簡単にはさせませんが。しっかりと彼の目を見据えて、にこりと口角をあげた。驚いたように目を瞠っていた彼が、ゆるぬるとニヒルに笑う。

「クフフ、賭けということですね」
「ならば六道さんも何か賭けなければいけませんね」
「ーーでは、あなたが戻ってきて、あなたがそれを後悔することが無ければ、あなたのこと、認めてあげてもいいですよ」
「ーー」
「いかがですか?」
「乗ります、後悔なんてしませんから!」
「クフフ」

あ、その笑い方。
どこかで聞き覚えがあるなと思ったら、六道さんと初めて会った朝に見た夢の中で、確か聞いた気がする。変わった笑い方だったから印象に残ってる。先に夢の中で会っていたなんて、それはそれで不思議なこともあったものだ。
挑戦的な笑みをお互い浮かべて、一礼だけして綱吉の元へ戻ると、じとりとした目で不服そうに腕を組んでいる彼がこちらを見ていた。

「俺には」
「うん?」
「俺には何も無いの」

どうやれ本当に不貞腐れているらしい。俺には無いのと聞かれたけれど、六道さんに渡したあれもアドリブで渡すつもりは無かったし、綱吉に渡せるものなんて思い付かない。ウーンウーンと頭を抱える私に、見兼ねた綱吉がふっと笑ってから自身の上着のポケットを漁り出した。取り出したのは、私が修理をして返した懐中時計。

「じゃあ俺からの預け物ね」
「えっいやこれ大切なものなんじゃ」
「だからこそ預けるんだよ。ちゃんと、返しに来てね」
「ーーうん! 絶対に!」

柔らかな笑みを浮かべてそう言ってくれる彼に、へらりと満面の笑みを浮かべて答える。満足そうにわらった綱吉がふわりと私を抱き締めた。

「行ってらっしゃい」
「行ってきます」

暫くの別れ。でもその先、一緒にいるための別れ。大丈夫。私は、頑張れる。