05
「……眠れない」部屋の真ん中にあるテーブルには、小さくてお洒落なバッグ。普段なら儚いようなヒールの赤い靴。髪飾りとアクセサリー。クローゼットには、ルッスーリアさんが日中に決めてくれたドレスが入っている。
ベッドに潜り込んだものの、明日のパーティーに対する緊張は言わずもがなあって。でも多分眠れないのは、それだけではない。
パーティーを終えた後、綱吉に、ボンゴレのみなさんに会うのがやはり楽しみで仕方ない。数日ずれ込んでしまったけれど、明後日には漸く会えるだろう。
短くて2年、といったくせに、3年半も待たせてしまって、綱吉は怒っているかもしれないな、なんて思ってふふと笑みが零れた。多分、「遅い」と言いながらも優しく迎えてくれるんだろう。
「……目が冴えちゃったな」
楽しいことを考えていると、寝れないどころか覚醒してしまい、考えた末にむくりと起き上がる。夜風にでも当たって冷静になろうとバルコニーへ出るガラスドアを開けた。
満月の一歩手前のほぼほぼ丸い月が雲に入ったところで、わずかな光だけがあたりを照らしていて。寒くもなく、暑くもなく、ちょうどいい風が頬を撫でて、その心地良さに目を閉じる。
カラン、という音が上の方からしてぱっと見遣ると、ちょうど雲の切れ間から覗かせた月がその人を照らした。
真っ黒い髪と、遠目でも分かるほど力のある、こちらを見下ろす赤い目。その手にはお酒らしきものが入ったグラスがあって、さっきの音の正体はそれだと分かった。食い入るように見てしまっていたのを、ハッと我に帰り首をぶんぶんと振る。何も言う様子もなくこちらを睨むように見ているその人に、「月見酒ですか?」と問うた。
「明日が満月らしいので、晴れたらいいですね」
「……別に月には興味ねえ」
おや、そうなのか。
「テメェがカス鮫共が話していた奴か」
「カス鮫……? あ、スペルビさん。ひょっとして、スペルビさんとお知り合いなんですか?」
「……は?」
「あれ、ちがいますか? 同期とかでは……?」
ここがヴァリアーという組織の建物だというのは教えて貰って、プラスみなさんの寝泊まりする場所にもなってるらしい。社員寮的なものだと理解していた私は、思ったままに聞いてみる。は?という顔を続けるその人の様子でどうにもどっちも外れらしい。でもスペルビさんのことを、ベルさんはカス鮫と呼んでいたし、同一人物だと思うんだけど。
「女」
腕を組んで考えているとそう呼ばれ、声のままに見上げると「付き合え」と一言。全くこちらを見ずに言われた言葉だったけれど、お酒のお誘いらしい。
「そちらにお邪魔してもいいですか?」
「横の階段上がったすぐだ」
部屋に戻り、鍵をしっかりかけたのを確認して、ルッスーリアさんが準備してくださった白いワンピースの形をした寝巻きの上からカーディガンを羽織って部屋を出る。階段を上がり、立派なドアが1つ主張していて、ノックを二回。ゆっくりとドアを押し中を覗くと、先の方にさっきの男性がバルコニーで椅子に腰掛けているのが見えた。失礼します、と静かに言って、近付いていく。
「酒は飲めるのか」
「た、嗜む程度、には」
ちょうど男性の後ろに来たところで、振り向きもせず聞かれ答えると、カラン、とまた1つ音をさせながらテーブルの上のお酒を指さされる。い、頂いていいのかな。え、でもグラス。
「適当にグラスと椅子は使え」
「あ、はい」
室内に戻り、置いてあったグラスと椅子を拝借してバルコニーへ。
「頂きます」
彼の飲んでいる洋酒を氷で薄めて、喉へ流し込んだ。
「うっ!」
辛い!
口には出さなかったものの、いやこれは、辛い。想像以上のアルコールの強さだ。
声にならない声で悶える私に、ハッとその人が笑うのが分かった。アルコールが一気に身体に染みて、顔と耳がひどく熱い。そこに比べれば冷えた手をぴとりと頬にくっつけて、ほっと1つ息を吐いた。
「よえーじゃねえか」
「いやまさかこれほど強いお酒とは思ってませんでした……!」
私が弱いわけじゃないですよ、と抗議しようと顔をあげて、初めてまともにその人の顔を見た。遠くからでも分かった瞳は変わらず、ただ、近くで見てようやくはっきりと分かったのは、痛々しい傷跡が顔のあちこちにあること。思わず、息を飲んだ。
「なんだ」
「その、傷、火傷の痕ですか」
「……」
近くに来て初めて、その人が私を見る。綺麗な赤い目に、私が映った。
何も言わないのは肯定だろうか。
「痛かった、ですか」
「……」
「痛くないわけないですよね。痛いですよね、たぶん、今も」
「ーー」
癒えることはないんだろうと思う。顔の傷だからとか、痕が残ってるからとかそういう訳ではなくて、なんとなくそう思った。
「女、名は」
「あ、すみません、白樺郁といいます」
少しの間なんですけどこちらにちょっとお世話になってまして、と続けようとした口が止まる。彼の空いていた手がスッと伸びてきて、私の、今ではもう胸下ほどまで伸びた赤い髪を一束掴んでいた。
「え、な……?」
「良い色だ」
「!、」
私が目を瞠っている間にするりと離されて、ゆっくりと腰を上げる。
「終わりだ。ガキは早く寝るんだな」
テーブルの上の酒と、私の持っていたグラスを取り上げて、室内へ戻っていくその人。つられるように、私も立ち上がって部屋へ戻ることとなった。
酔ったのか、酔ってないのか、よく分からないお酒の味だった。