03
それはいきなりだった。「――ッ!?」
「やっと、見つけた」
市場に行くときはいつもフードをかぶっているのに、その人は迷いなくいきなり私の腕を掴んできた。びっくりして振り返ると、少しだけ息を乱した、あのパーティーで出会ったあの人がいた。
「あ、の」
「はぁーっ! もうめちゃくちゃ探した!」
ずるずると腰を落としながら私を掴む手はしっかりと離さない。なんだなんだ?と周りの人がざわめき始めて、逆にその人の手を掴んでその場から離れる。
お使いもままならないままに、出て行ってすぐお店へ戻ってきた私にマウロさんがあれ?という顔をして見てくるけれど、ごめんなさい、後でちゃんと買い出しはします。
ここで働いてるのか、と店の中を見回す彼に、つれてきた割に何も言うことが見つからなくて口を開いては閉じ、開いては閉じた。
「どうしたの? 口パクパクさせて」
むっ。
「それはこっちの台詞です。探したって、なんで――あ」
ちょっと待っててください、とその場に彼を残して店の奥に入っていく。途中、不思議そうな、そして少し嬉しそうな顔をしたマウロさんと目が合って、何も言われてないのにちがいますからと首を振った。
別に期待してたわけじゃないけれど、もしかしたらどこかでバッタリ会うかもしれないと持ち歩いていたあの夜に借りた上着を鞄から出す。会うとしても本当に偶然でだろうと思っていたのに、彼は探してたらしくて、訳が分からない。そんなに高価な上着だったのか。だとしたらなんで貸したのか、うーん、謎だ。
「これですよね、そんなに大事なものだったんですか?」
「あ、上着。そういや貸してたね、忘れてた」
なんだと!?
わーきれいにしてある、ひょっとしてクリーニング出した?別に良かったのに。ありがとう。なんてへらへらしながら受け取った彼は、受け取ったのにその場を動こうとしない。あっ、あれか、なんかお礼を、お礼をしなければ。えっでも私お金最低限しか持ってない。コーヒーのいっぱいくらいならおごれるけど。
そんなことをぐるぐる考えていると、かぶったままだったフードをバサリととられた。
「わっ」
「うん、やっぱりきれいだ。明るいところで見てみたかったんだ」
肩甲骨あたりまである長さの髪を一束掬って、彼は楽しそうに笑った。
「ね、郁」
「えっはっえっ?」
「ごめんね、名前調べちゃった。結構苦労したんだよ、髪の赤い子知らないですかって町の人に聞いても、本当に知らないか、知ってても言わない人ばかりでね。あの子に手を出そうって言うなら許さないって怒鳴られたりもした。――今まで大変だったみたいだね」
労わるような視線と言葉と声に、じんわりと目元が熱くなった気がした。
「俺は沢田綱吉。仲良くしてくれると嬉しいんだけど、どうだろう?」
「な、なんで私……」
「あの夜、出会って、話して、もっと話したいと思った。それだけじゃだめ?」
「……変わり者ですね」
「そうかな?」
「とても。白樺郁です。この花屋フェリチータで仕事をしています。どうぞよろしく」
「うん、よろしく郁」
彼の名前は沢田綱吉。これから私を変えてくれる人。