04
綱吉が私の店を知ってから、ロレンツォと同じくらい来てくれる常連さんになった。「この仕事していながらこんな質問はちょっとアレだなって思うけど、しょっちゅう花を買っていく人ってどうしてるの? 人に贈ってるの?」
「ん? 俺はちゃんと家に飾ってるよ、郁が作ってくれた花束だもん」
「どんだけ家広いの……、ってそりゃ広いか」
「まーね、何部屋あるのか知らないし」
「ええええ」
「って言っても、家族以外の人が住んでるからある意味アパートみたいだけどね」
「家族以外……じゃあ彼女さんとかもいるんだ」
「いない! 断じていないから彼女! 住んでないっていうか彼女自体いない!」
「えっ、あ、そうなの。なんでそんな意気込んでるのかわかんないけど、なんかごめん」
「いや、俺こそごめん」
「……」
綱吉は、時々変だ。
普通の時は普通で、物腰やわらかくて少しだけ子供っぽいけど、でも大人で素敵な人なんだけど、たまにこうやって暴走しかける。そこが面白かったりするけど、その暴走の後の真顔は何なんだ。面白い。
「でも他にも常連さんいるでしょ?」
「いるよ。その人は入院してるお母さんに毎日贈ってるみたい」
「毎日かあ。えらいね」
「ね。よしできた。どうでしょうこんな感じで」
「うん、とってもいい。うちの連中にも評判いいんだよ、郁がみつくろってくれた花」
「そ、そんなに褒めても何も出ないけど」
「そっか、それは残念」
嘘ばっかり。全然残念そうじゃない顔をして笑った綱吉に、変な人だと手元の花に目を戻した。
出会ってから一週間で身元がバレて、更にそこから二週間。常連で、ロレンツォのようにきゃぴきゃぴ(?)してない綱吉は、店主のマウロさんにも気に入られたようでよく店に来ては待ち時間用のソファに腰掛けて私の仕事をぼけっと見ている。時折自分の仕事はないのかと聞くと、「俺の今の仕事は郁の観察デス」なんてふざけたことをぬかすのでもう聞かないことにした。
ああそういえば。
「母の日、どうするか決めたの?」
「あー、うん、やっぱ花を贈りたくて」
「ネットで頼めばいいじゃない、日本の花屋さんに。今なんだってできる時代だよ」
「えー。俺は郁の作った花束がいいの! そこらの知らない奴が作った花束を母親にあげるのはあんまり気がすすまない」
不貞腐れたようにそう言い切った綱吉に、我儘だなあ、と言うと、俺は郁のお得意様なんだよ、と胸を張っている。自分で言うか、普通。
けれど残念ながら綱吉はまだ私のお得意様ではない。お得意様って言ったらもうロレンツォを越す人物は今のところいないからだ。私がこの花屋に入ったのが一年前。その頃から週に2回は来てくれていて、半年前にお母さんが倒れてからはほぼ毎日。来ない日が週に1回くらい。私がお財布の心配をした日には、「女性に使うお金に多すぎるなんてことはないし、まして母親ならばお金なんて関係ないのさ! そして郁さんに会える! 一石二鳥というやつだね!」とか言っていた。彼の将来が心配である。
「前から聞きたかったんだけど、郁も日本人でしょ? イタリアにはどうして?」
ふと、そんな質問を投げられて、ぴたっと手元が止まった。
「あれ? 私言ったことなかったっけ?」
「ないよ」
「それはごめん。でも、あんまり楽しい話じゃないかも」
「郁が嫌じゃなければ聞きたい」
「うーん、日本は住むのに不便だった」
「納得」
生まれつきの赤髪。赤茶色とかではなく真っ赤な髪は、とても好奇の目に晒された。それだけならもちろん、学校の先生はみんな揃って染めるのは禁止だと言って地毛だという私の叫びは届かず。まあ確かに、地毛だと言ったところで安安と信じてもらえるとも思っていなかったけれど。染めろと言われても、なんで染めないといけないのか分からなくて反抗ではないけど言われる通りにはしなかった。その時期と同時に、奇異な物は受け入れられない同級生によるイジメ。あーもう面倒臭いなと思っていた頃に、実はイタリアに祖母がいる、行くか?と施設長にカミングアウトを含めたお話を頂いて私は即答で行くと答えた。
ちなみに両親は既にいません。母は若くして亡くなって、父は生きてるのか死んでるのかも分からないので、死んだことにしてると祖母はからからと笑いながら言っていた。えっかるっと思ったけれど祖母なりの私への配慮だったんだと思う。気にすることはないよ、生きていればまた会えるし、もういないならいないで私の人生は変わらない、好きに生きなさいという。
そんな祖母も私がこちらにきて5年半。老衰で、生涯を閉じた。友人知人に囲まれて、幸せそうな最期だった。祖母がなくなるまでは自営の時計屋さんを手伝っていたけれど、今となっては私一人ではきちんとした技術も知識もなくやっていくことは不可能で、致し方なく店を閉じた。ある程度の修理修復等はできるので、たまに承ったりはするけれど、いずれきちんと店を開きなおせれば、なんて夢だったりする。
「こっちに来てからは、その、ないの? イジメじゃないけど……」
「あったけど、やられっぱなしはなかったよ」
同年代からの嫌味や絡みはもちろんのこと、ちょっと厄介な方々には街の方が協力してくれて今はもうおさまっている。
「今この平和な時間が、とっても好き」
なんで私ばかり、と思ったことがないとは言い切れないけれど、そのおかげで得た出会いもいっぱいあった。綱吉との出会いもそうだ。
「俺、郁のそういうとこ好きだな」
ぽつりとそう言った綱吉に、きょとんと目を丸くする。ばちっと目が合った綱吉がへらりと笑って、私も笑った。