06
「え、修理?」「うん、時計をね。お願いしたいんだけど」
一体どこから聞き付けたのか、昨日一昨日来なかった綱吉が少しだけ久しぶりに現れたと思ったら、古そうな懐中時計を持ってそんなことを言ってきた。ハイ、と軽く渡されたその時計は随分年季が入っていて、勿論針は止まっているし文字盤も茶色く変色して、硝子にはヒビも入っている。これは、なかなかだ。
「うーん、できるかな……」
「治ったらいいなってだけで、治らないなら治らないで別にいいよ。もうずっと前のものみたいだし、諦めかけてたから」
ふむ。ちらりと見た感じ、そこまで難しいものでは無さそうだ。出来なくはないだろう。今までも似たような修理はしたことある。なのに、綱吉の時計を預かる、と考えるとやけに胸がドクドクうるさい。壊したらどうしよう、なんて考えたけど、もう壊れてるんだったと一人突っ込んだ。
「わかった、やってみる」
「ありがとう、お願いします」
「結構年代モノだね、大事なもの?」
「さぁ、どうなんだろうね。大事といえば大事なのかな。うちの屋敷の物置にあったもので、顔は知ってる昔の人のものみたい。結構、その人物に思い入れがあるから、まぁ治るならぶら下げておきたいと思ってさ」
「ふぅん」
綱吉にしてはどうにも曖昧な答えが返ってきて、不思議に思いながらもお客さんの情報をそう突っ込んで聞くものではない。追求しそうになるのを飲み込むと、持っていたハンカチを取り出して時計を包み、カウンターに置いている鞄にしまった。と、ふとあるものを思い出す。
「そういえばね。昨日夜にマドレーヌを焼きまして」
「ほう」
「あるんだけどいる?」
「いる!」
即答か。
子供のように目を輝かせて待つ綱吉に漏れそうになる笑いを堪えながら、紙袋を手渡した。結構量のあるそれに、え、こんなにいいの?と彼が首を傾げる。いいのですいいのです、いつものお礼なのです。なんて、単に作り過ぎてしまっただけなのだけれど。早速もぐもぐと頬張り始めた綱吉がふととても真面目な顔で呟いた。
「半分は冷凍保存してゆっくりじっくり食べようかな……」
「えっそれはとても美味しくないだろうしやめよう。食べきれないなら一緒に住んでる人に配れば?」
「えー勿体無いじゃん。せっかく郁からもらったのに」
そんなことを真顔で言う彼は、日本人ではあるけれどイタリアンだ。めちゃくちゃ甘い。普通の女の子なら勘違いしてしまいそうだからそれはやめよ。
「そんなに気に入ったんならいつでも作るよ。それと、どうせなら焼き立ての美味しいものを食べてほしいと言う作る側の想いも分かってくれると嬉しい、かな」
なんて、そんな手のこんだものでも、それこそ焼き立てでもないけれど。でも、一度冷凍して解凍したものに比べれば、美味しいと思うもの。
黙ったままの綱吉に不思議に思ってふっとそっちを見ると、すごく嬉しそうな顔でニマニマと笑う彼が目に入った。なんだなんだ。
「なんか、そういうの嬉しいね。誰かが自分のために作ってくれるの」
「でも綱吉、色んな人にもらってるでしょ?」
「まったく! もらいはするけど、どうなんだろうね、モテないのは確かかな」
「またまたご謙遜を」
「ほんとだって。まず、大多数にモテたところで、本当に好きな人に好きになって貰えないなら、そんなものに意味なんてないよ」
「ーー」
叶わない恋でもしてるのかと思った、あまりにもそう言った綱吉の顔が切なくて。