08
「うわ、真っ赤。血みたい」恐らく観光者だったのだろう、少なくともこの土地の人間ではなくて私の髪を初めて目にした人がそんなことをボソリと呟いてるのが聞こえた。パッとそちらを見ると、あっと気まずそうにそっぽを向いて一緒にいる人と違う話を始めた。
うーん。
(血みたい、かあ)
まあ確かに、真っ赤といえば血も出てくるよね。林檎とか苺とかそんな可愛らしいものばかりに例えてくれてた今までの人が優しかっただけかも。気まずそうにしてくれただけでも、まだ救われる。全然こんなの気にすることない。
そう思ってはいるものの、なんだか胸のあたりがモヤモヤしてしまって、どうにも仕事に集中できない。
「郁ちゃん、今日体調悪かったりするかい?」
「えっ! いや、全然!」
「本当? それならいいんだけどね」
あああ、マウロさんにご心配をかけてしまった。無理はしちゃいけないよ、きつい時はいつでも言ってね、と優しい面持ちと優しい声色で言われて、ありがとうございますと笑った。
いつも通りのつもりなのに気付かれてしまうのは、情けないような嬉しいような複雑な気分になる。
「(平常心、平常心……)」
「郁」
「(平常心てどんなだ)」
「郁ってば」
「(うーん……)」
「郁!」
「はいっ! え、あ、綱吉、おはよう」
「……どうしたの」
「え、べ、別にどうもしてない……と思う」
「思うって……何かあっただろ」
いつの間にか店に来ていた綱吉が心配そうな面持ちで私の顔を覗き込む。
なんで、わかってしまうのだろう。マウロさんも綱吉も、下手したら自分でさえ見逃してしまいそうな不安みたいなマイナスな感情を私以上に察してくれる。それが嬉しくて、有難くて、甘えたくなるけど、ちょっと悔しい。
綱吉に背を向けてちょうどそこにあった赤い薔薇のささったバケツに近寄る。よく見てみると真っ赤な薔薇の中に、萎れて赤黒くなり始めているものがあった。それはまさに酸化の始まった血のようで、今の私にとっては少し切ないものに感じた。
「やっぱり、赤い髪って目立つよなと思って」
「まあ、目立たないことはないよね。探せばいるのはいるけど、そんないっぱいいることはないし」
「うん。別にそこまでショックを受けたとか大袈裟なものじゃないんだけどね。今日街に出た時に、遠目から“血みたい”って言われて」
「ーー」
綱吉が、言葉を失う。
「でっでもほんとにそこまでショックとかではないんだ。ただちょっとやっぱり、綱吉みたいに優しい色ならよかったのに、って思ったくらいで」
優しい目の前の彼が何か言おうと口を開けては、言葉が出ないのだろう、また閉じる。優しい優しい彼のことだ。きっと何て言ったらいいのか迷っているのだろう。……いいのに、別にそんなに気を遣わなくても。綱吉がそうやって優しい反応を見せてくれるだけで、私は救われた気になる。それでも。
「ごめん、変なこと言った。気にしないで」
私はそんな悲しい顔をさせたくて言ったわけではない。だからもういい、聞いてもらっただけでもとってもスッキリした。
萎れた薔薇を選別して手に取る。これは処分行きだなと思っていると、綱吉が口をひらいた。
「俺は、郁の髪好き。綺麗だと思う。ってありきたりなことしか言えなくて、悪いけど。でも郁が赤い髪でよかったなって思う、見つけやすいし。俺もやっぱりそれで郁のこと気になったのもあるから」
「うん」
「でも、今は郁が例え黒い髪やブロンドや、赤髪じゃなかったとしても、俺は郁を見つけられる自信あるよ。郁がその髪を嫌いになっても、俺はずっと好きでいる自信、あるよ」
「っ」
なんて、なんて優しい笑顔で嬉しいことを言うんだ、この人は。そんなの、反則だ。
恥ずかしいけど嬉しいその言葉に、さっきのモヤモヤ吹っ飛んだような感じがする。見守ってくれるような温かい笑みにつられて、私もふにゃりと笑った。
「ありがとう、綱吉」
「どういたしまして」
「そうだね、知らない人の言葉に影響受けるなんてバカみたいだね。綱吉の言葉信じないで私ってばどうするの」
「そうだよ」
「へへ、ありがとう」
「お、郁ちゃん元気出たみたいだね?」
「マウロさん! すみませんご迷惑をおかけして……」
「ちがうよ、郁ちゃん。迷惑ではないし、謝られることもしてないよ。もっといい言葉があるだろう」
「っはい! ありがとう、ございます! 遅れた仕事分巻き返しますね!!」
「はっはっは、よろしくね」
素敵な人達に囲まれて、今日も素敵な日になるのだ。