09

「チッ、ダメツナが」

イライラする。それもこれも、あのダメツナのせいだ。
最近やたらと執務室を抜け出しては、花を持って上機嫌で帰ってきやがる。書類の追加がどんどん来るっつうのに、こっちの気も知らずにだ。一応やることはやってるから、そこまでガツンと言うことはできないが、浮かれきったあいつの顔を見てると、中学時代に京子の尻を追っかけ回してた頃を思い出す。せっかく人が苦労して一人前にしてやったっていうのに、腑抜けたツラしてんじゃねえ。
とりあえずまああのツナの様子を見れば、好きな奴でもできたんだろうと嫌でもわかる。いや、つーか分かりやすすぎる。それでもマフィアのボスか。相手に花を贈るのではなく持って帰ってくるから、恐らく相手は花屋なんだろう。マフィアのボスが花屋に恋って、どうなんだ。相手を知らねえから何とも言えないが、それだけ聞くと、それこそ中学生が学校のアイドルに恋をするようなレベルじゃねえのか。成長してねえじゃねえか。

「次降りられる方いましたら、ボタンを押してください」

アナウンスに促され、ふと次のバス停を確認して、ボタンを押した。本当は車で買い物に出かけるはずだったのに、山本がこの前くるまかりるなと言ってぶつけて帰ってきやがったから、今は修理中だ。それでバス。一流ヒットマンが、バス。笑うしかねえ。
日本のバスより少しだけ荒めに停車したバスを、荷物を抱えて降りる。どうにもとれないイライラを、美味いコーヒーでも飲んでスッキリさせたいもんだ。ついさっき行きつけの店から買ったコーヒー豆を挽いて、ゆっくり淹れて、店主がおまけにくれたラスクをつまみに休憩しよう。その前にツナの机にたっぷり書類を置くのを忘れずに。

「あのっ」

そんなことを考えるのに集中してしまっていたのか、声に気付かずグイと上着を引っ張られた。振り返ると、息を切らしたフードを被った女がいた。

「さっき、バス降りる時、落とされました、よ……っ」

そういって伸ばされた手には、ラスクの入った紙袋。落としたのに気付かなかったなんて、音はしたはずなのに。どんだけイラついてたんだよ。

「ああ、わるいな」
「いえいえ、どういたしまして。それにしても、歩くの早いですね。気づいてすぐ追いかけたんですけど、なかなか追いつかなくて。服を引っ張ってしまってごめんなさい」
「いや、構わねえぞ。こちらこそわざわざ届けてくれて、」

そこまで言ってふと考える。
バスの中で、コーヒー豆やパンの入ったでかい紙袋を空いた座席に置いていたが、バスを降りてからは前に袋を抱えていた。落としたら嫌でも気づくはずだ。つまり、落としたのは、バスの中?

「もしかして、わざわざ下車してくれたのか?」
「え? ああ、いや、ちょうど私も降りるとこだったんです」
「そうなのか?」
「はい、なので気にされないでください」

へらりと笑った女が「それでは」と踵を返すのを止めて、ラスクの紙袋を開け、さすが几帳面な店主。手作りラスクのにも関わらず個別包装された二つを取り出してから、紙袋を差し出す。

「えっ、だ、だめです。頂くわけにはいきません」
「貰いもんだから全部はやれねーんだが、あんまり甘いもの得意じゃなくてな。知り合いの手作りだが、味は保証する。良かったらもらってくれ」

慌てたように首を振る彼女の手を取り、無理やりもたせると、本当にいいんですかと聞くように顔を覗き込まれる。

「危うく味の感想を言えずに終わるとこだったからな。せめてもの礼だ」
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます、大事にいただきますね!」
「おう」
「それでは、今度こそこれで」

ぺこりと頭を下げてから、今度こそ小走りで離れていく。少しだけ背中を見送って、俺も踵を返す。数歩進んだところで、ふと振り返って見ると、さっき俺が降りたバス停に彼女が立って時刻表を見ていた。

「やっぱり、わざわざ降りたんじゃねーか」

やった紙袋を大事そうに抱えて、遠くに見えるバスを待つ横顔がとても晴れ晴れとしていて、思わず笑みがこぼれた。
少し、俺のイラつきも晴れた気がする。