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体育祭は楽しかったけれど、最愛のあの子の勇姿を探すことは私には出来なかった。

「あ」

授業中、今では当たり前のように蓮巳くんと机をくっつけていて、真面目に授業を聞いてる彼の横でぼんやりと外を見ていた。窓際の席はどうにも誘惑が多いというか、それが楽しいというか。
朝から雲行きは怪しかったけれどどんどん暗くなってきた空は、ポツリポツリと雨粒を落とし始め、徐々にそれは強くなる。傘、持ってきといてよかった。体育祭が終わると待ってましたとばかりに梅雨入り予報がテレビで流れ始めた。ひょっとしたら今日が入りかもしれない。雨は正直嫌いではない。カラカラに晴れた日よりもしかしたら好きかもしれない。
休み時間に入ると、一斉に教室が賑やかになる。野球部サッカー部の男の子達は、降り出してしまった雨に残念がっている様子だった。

「蕪木さん、数学教えて」

外を見続けていると、隣からそんな声が聞こえた。振り返ると、シャーペンを手に若干イライラした様子の蓮巳くんが目に入る。どうやら次回までの宿題に出された部分を既に終わらせようとしているらしかった。やっぱり蓮巳くんは勉強出来る人だ。

「どれどれ」
「これ、使う公式は多分これで合ってると思うんだけどだけどなんか納得いかない」
「んー、あ、これ惜しい。公式は合ってるけど、問一の応用だからこれを──」

私もシャーペンを持ち、さらさらとノートに書きながら説明していく。ふむふむと真面目に聞いてくれる蓮巳くんに、ちょっと嬉しく思いながら最後に「つまりどうなると思う?」と聞くとバッチリ正解を言い当てた。

「待って、蕪木さんめちゃくちゃ説明うまくない?」
「え、そうかな」
「いや、俺たまに先生にも聞きに行くことあるけど、それでもここまで頭にするすると入り込んでくる説明してくれる人なかなかいない」
「えー、それは褒めすぎでは」
「……」
「な、なに?」
「蕪木さんってやっぱり頭良いよね。運動はからっきしなのに」
「ねえ後半要らない」
「ごめんわざと」

クスクスと笑いながら身体を戻しノートを机に引っ張った蓮巳くんに、何とも言えない気持ちになりぶすっと頬を膨らませる。

「あれ、怒った?」
「怒ってないよ」
「ごめんね」
「怒ってないったら」
「じゃあありがと、これあげる」

そう言ってひょいっと机の上に置かれたチョコレートに思わず顔が綻ぶ。いいんですか!とそれを手に横を見ると「いいんですよ」とまた笑ってた。蓮巳くんもよく笑うようになったと思う。そしてそれがかっこいい。多分、普通の女子なら恋に落ちると思う。
早速貰ったチョコレートを口に入れながら、休み時間にしようと思っていたノートを取り出す。図書委員になると、毎月図書館新聞というものを作らなければならず、そこには図書委員オススメの本を数冊紹介とともに載せることになっている。大体はオススメがある人が書くのだけれど、その活動をめんどくさいと思う人も多いようで大体やる人は決まっている。私は部活に入っていないこともあって、自然とこの手の作業を任されるようになっていた。数年ながら仕事をしてきたし、WordもExcelも大体使いこなせる。タイピングも得意な方だし、こういう新聞作りといったものは割りと好きなことだ。

「また作ってんの」
「うん、まだ構成段階だけどね」

梅雨入りしたようだし、今回は新聞のデザインは紫陽花で行こうかな。所々紫陽花を入れて、青みのあるもので作りたい。

「たまに蕪木さんオススメの本読むことあるよ」
「えっほんと?」
「たまにだけど。本嫌いじゃないけど、寝てる方が好きだから」
「それは蓮巳くんらしい。何読んでくれたの?」
「あれ、人形に恋する話」

ふわ、と欠伸をしながら言われたそれに一瞬身体が固まった。すぐに思い出すそれは、先月の新聞で紹介したものだ。
陶器人形の職人が、人形に恋をする話。愛する人形の顔を求めてひたすらに作り続けて、それでも上手くいかなくて、切ない、叶うことのない恋物語。状況は全くちがうものの、その切ない内容は自分と重なった。

「蕪木さん恋愛小説読むんだね」
「うん、まあ、たまにね」
「もっと幸せな話は読まないの?」
「読む事もある、けど、叶わない恋の話の方が、好き」

なんて、嘘ばっかり。ほんとは嫌い。
物語は好きでも、本当は実らない恋の話は好きではない。実る恋の話を読みたい。でも読めばきっと無い物ねだりをしてしまう、欲が出る。失恋物を読んだところで切なさは増すばかりと分かっているけれど、それでも叶う恋の話を読むことは私には辛すぎた。

「蕪木さんさあ」
「えっ、なに?」
「叶わない恋でもしてんの」
「──」

その直球すぎる質問に、私は苦笑するしかできなかった。