19

「蓮巳くん蓮巳くん」
「なに?」
「蓮巳くん、甘いもの好き?」
「なに突然」
「うふふ、ノートのお礼に」
「待ってなんか気持ち悪い」

失礼な。
昨晩、おばさんにお願いしてキッチンやオーブンを借りてクッキーを焼いてみた。あまり作ったこともなかったのでおばさんに相談すると、喜んで教えてくれた。おかげですごくうまくいった。包み紙で包んだそれを蓮巳くんに渡すと「貰えるものは貰っときます、ありがと」と言った。あはは、私と同じようなこと言ってる。あと、雲雀さんと京子ちゃんと花ちゃんにも持ってきたので、後で持って行かなきゃ。

「蕪木さん、元気出たっぽいね」
「うん、お陰様で」
「それは何より」

いつの間にか包み紙を開いてクッキーを口に運んでいた蓮巳くんが「あ、うまい」と呟いた。








立派な扉を前に、少し緊張しながらノックをする。返答がなく、不在かな?と思っていると暫くして「どうぞ」と返ってきた。ガチャリと扉を開けると、ソファーで欠伸をする雲雀さんが「なんだ君か」と呟いた。

「すみません、お休み中でしたか?」
「僕の睡眠を邪魔した罰は大きいよ」
「うーん、甘い物で手は打てますか?」
「甘い物?」

ソファーに腰掛けたままの雲雀さんの前に行き、先ほどの包み紙と一昨日借りたジャージの入った紙袋を渡す。

「すみません、本当は昨日お返しとお礼に伺いたかったんですけど、ジャージがかわいてなかったので今日になっちゃいました」
「これは?」
「クッキーです。お口に合うかわかりませんけど、甘いのとあまり甘くないのと入れているので良かったら」
「ふぅん」

そう一言言って包み紙を開けていく雲雀さんに、手持ち無沙汰になる私。どうしよう、タイミング失ったけど教室に戻ろうかと思っていると「何してるの」と言われた。

「お茶入れて、二つね」
「えっ、はい」

お茶?二つ?と首を傾げて、その意味を理解して、ぱあっと顔が綻ぶ。緩みのおさまらない顔で、今すぐに!と応接室の隅のお茶汲みセットへと足を向かわせた。

「悪くない」
「ほんとですか?良かった」

ご相伴に預かって、雲雀さんの向かいのソファーで、自分の作ってきたクッキーと、応接室にあったお菓子を頂く。ゆるやかなお茶の時間がとても心地いい。あまり会話はないけれど、それでももう苦には感じなかった。暫くそんなお茶の時間を過ごして、そろそろ戻ろうかと思っていると雲雀さんが「こっちに来て」と、彼の座っているソファーを指さす。何だろうと思いながらそちらに行くと、ぐいっと手を引っ張られて座らせられ、すぐにぽすっと膝に何かが乗る感覚。

「え?」
「罰」
「ええええ!?」

乗っていたのは雲雀さんの頭で、まさに、膝枕というものをさせられていた。ななななんだこの、なんだこの夢小説みたいな展開は!?罰!?寧ろご褒美では!?と混乱した頭の中で口の代わりに叫びまくっている。

「起こしたら、咬み殺す」
「えっ、待っ」

待ったをかける間もなく、寝息が聞こえてきて口を手で押さえた。ま、まじですか。
動けば起きるだろうし、とにかくじっとしておくしかない。暇だけど。暇だけど。ていうかいつ起きるんだろう。起こすのかな?勝手に起きるかな?
膝の上の雲雀さんを観察するくらいしか出来ることがない。手持ち無沙汰すぎるほどの暇だ。じっと見てみると、わーやっぱり雲雀さんって美形だなと思った。毛穴とかあるの?肌白いし陶器みたいな肌じゃん……吹き出物とか出来ないのかな……。と考えて、ニキビではなく吹き出物とナチュラルに考えてしまっていた自分に歳を感じて少し落ち込んだ。途中、起きるかなとも思ったけれど、触り心地の良さそうな髪の毛に思わず手を伸ばす。意外にも開かない目に、そのままサラサラと指通りのいい髪を優しく撫でる。そうこうしているうちに、眠気が襲ってきて、ゆるゆると目を閉じた。

夢を見る。大きな手が私の頬に触れている。優しい手と、触り方。心地のいいそれに目を閉じていると、身体がふわりと浮いた気がした。名前を呼ばれる。優しい声。

目を開けると、ソファーに横になっていて、上には学ランがかけられていた。最初ぼんやりとそれを見ていたけれど、ハッと意識がはっきりすると慌てて起き上がる。「寝すぎ」と声のした方を見れば、学ランを羽織っていない雲雀さんがデスクに掛けて書類に向かっていた。……しまった。

「ごごごごめんなさい雲雀さん!私、寝ちゃって、あの!」
「うるさい」
「涎とか垂らしてませんでした!?」
「垂らしてないよ」

あ、混乱して変なこと聞いちゃった。しかも寝顔を見られた。恥ずかしすぎる。ていうか寝言とか言ってなかったかな!?
百面相のち、ずーんと落ち込んでいると、雲雀さんが来て学ランをとる。ありがとうございましたというけれど、スルーされた。やっぱり寝言言ってた……?恥ずかしいこと言ってたらやだな、死んでしまうなと思っていると、

「嫩」

と名前を呼ばれた。
一瞬、耳を疑って、反応が遅れる。へ、と間抜けな声が出たけれど、またも呼ばれたそれに気の所為ではないと分かった。

「今度はガトーショコラがいい」
「へ、え、は」
「返事」
「はい。……え?いや、え?」

訳もわからず、作ったことないです、と言う私の口に、彼が「頑張って、まずいの作ってきたら投げ捨てる」と言った。投げ捨てるのか、それは嫌だ。

「……教室に、もどります」
「うん」

ぼけっとした顔と声で、応接室を出る。出た瞬間、叫びたくなって、堪えて、廊下を走り出した。なんだこれ、すごく恥ずかしい。そして嬉しい。