03

好きです、円谷さん。

熱い視線を感じながら受けたその言葉を、私は喜ぶことはできない。

翌朝、私は仕事を休んだ。
こんなことで休むなんて、社会人3年目の私は甘ったれかもしれない。告白されたくらいで、休むなんて。きっと休みたいのは告白した方の荻窪くんの筈だ。きっと、答えを返せなかった私のことをどきどきしながら、不安に思いながら、気まずく思いながら、期待を寄せながら、待っているんだろう。
ごめん。ごめんね。何度も何度も心の中で謝る。
答えをすぐに返さなくてごめん。期待を持たせてごめん。その想いに、応えられなくてごめん。弱くて、ごめん。

1日ぼんやりと過ごして、気付いたら会社が終わる時間になっていた。今日ろくに物を食べていなかったことを思い出して、冷蔵庫を漁る。材料は少しあるものの作るのが面倒くさくて、コンビニへと向かうことにした。

途中で、荻窪くんに会った。

「あ、あの、体調悪いって聞いて、迷惑かもとは思ったんですけど」

そう言う彼の手にはスーパーのビニール袋が握られている。わざわざ、買ってくれたのか。私のために。逃げた、私のために。

「ごめん」

申し訳なくて、申し訳なくて、さっきまでいっぱい心の中で謝っていた言葉がぽとりと落ちた。

「ごめんね、荻窪くん」
「え」
「ごめんなさい」

色んな意味が篭っているその言葉を、聡い彼はしっかりと受け止めてくれたようだった。

「俺も、すみません。押し付けちゃいました」
「そんなことない」
「あの、大丈夫ですから!伝えられたことで満足っていうか、いや、まあ欲を言えば、うん。いやでも、大丈夫ですからね!これからも、普通に接してくれたら嬉しいです」

これで変な距離出来ちゃったらそれこそ悲しいってか、仕事にも支障出しちゃまずいし、ね!すみません勝手で!
そう笑う彼の顔が、直視できない。もう何度目か分からない謝罪を繰り返すと、少しだけ怒ったように「もう、謝りすぎです」と言われた。怒りと、悲しみを孕んだ声だった。
うん、そうだね。ありがとう。ありがとう、荻窪くん。

「円谷さんのために買ってきたんでこれは貰ってください!じゃないと捨てます!」としっかりと渡されたビニール袋には、ポカリスエットとプリンやヨーグルト、インスタント味噌汁とおにぎり、市販薬が入ってた。その気遣いの素晴らしさに感激しながら、有難くプリンを手に取る。あまり自分では買うことのなかったそれは、久々に食べるととても美味しくて頬が緩むのを感じた。
荻窪くんは、本気で想ってくれてたんだなと、ぼんやりと思う。何度断っても誘ってくれた食事も凄かったけれど、この差し入れは更に本物だ。きっと、彼を好きになれたなら私は幸せになれたんだろう。それでも私は彼の望む想いを返すことは、この先もないのだ。
罪悪感と同時に押し寄せる絶望は、今までも経験している。
長袖のパジャマに隠れていた左手首に目をやると、細く薄いピンクの傷跡が残っている。子供だった証のその傷跡は、消えることは無い。
死のうとは思わない。自ら死を選ぶことは、きっと愛するあの子が一番嫌がることだから。人生を全うして、いつか死を迎えた時に、その死の先で彼に会えた時に、胸を張って会うためだけに、私は今は死ねないのだ。