32

梅雨は完璧に明け、学校は夏休みに入った。
正直に言うけれど、この夏休み、本当に予定がない。まあ友達が少ないからというのはもう言ってもしょうがないんだけれど、高校生や大学生ならばバイトでもしようってなるところだけれど、中学生じゃそれもできない。本当は、少しでもおじさんおばさんにお返ししたいところなんだけれど、そういったことを言ったら「だめ!子供がそんなの気にしないの!しっかり遊んでしっかり勉強するのがあなたの仕事よ!」とおばさんに熱弁されてしまった。おじさんは横で何回も首を縦に振っていた。改めて、とてもいいお家に引き取ってもらったなと思う。
話は逸れたけれど、そう、しっかり遊んでって言われたけどその遊ぶ相手がいないし、何をして遊んだらいいのか分からない。大人になるって悲しいことで、精神年齢が大人な私は遊ぶ=誰かとごはんにいく、お酒を飲む、お買い物する、というところに直結しているのだ。子供の頃を思い出せば、理由もなくすることも決まっていないままに友達の家に行ってダラダラと漫画読んだり、ゲームしたり、話したりしていた気がするのに。あの頃は、純粋に、その人と遊んでいたんだなとしみじみ噛み締める。
子供の今、大人の遊び方は金銭的に厳しいし、かといって、子供の頃の遊び方を果たして今私はできるのか、というところだ。
そんなこんなで、夏休みの宿題はぎゅっと7月のうちに終わらせてしまい、暇を持て余した私のやることと言えば図書館に通うことくらいだった。
子供の頃は難しくて読めなくて、大人になってからは時間が足りなくて読めなかった本がいっぱいある。図書館は涼しいし静かで落ち着いているし、家でぼんやりしているよりはとても有意義なのだ。
そして同じようなことを考えるのが、私の数少ない友人の蓮巳くんなのである。

「なんで夏は暑いんだ」

宿題を広げたテーブルにだらんと溶けた蓮巳くんが、窓の外を恨めしそうに見ながらそういった。
果たしてこれが、友達と遊ぶということに含まれるのかは分からないけれど、私のひとりだけで終えてしまうかと思われた一か月は阻止された。ちょっぴりうれしい。

「しょうがないよ、夏なんだから」
「くっそー」

そう言いながら上体を起こした蓮巳くんが、やけくそのようにガリガリと開いているページの問題に答えを書き込んでいく。ちなみに蓮巳くんは8月半ばまでに宿題が終わるように計画を立てて、着々とやり進めていくタイプらしい。
黙々と書き込んでいく彼をちらりと見てから私も手元の本に視線を戻したところで、蓮巳くんが爆弾を落とした。

「そんで、沢田くんとは遊びの約束でもした?」

ゴッ。
本を立て顔を隠すようにして、額をテーブルに打ち付けた音が響く。
唐突すぎんか。

「あの、蓮巳くん……?」
「なに? え、まさか何も約束とか連絡とかしてないの?」
「してないよ、ていうか、連絡先知らないし」

え?という目を向ける蓮巳くん。
「せっかく友達になったんでしょ?」という言葉に、こくりと頷いた。
そうなのだ、私、友達になったのだ。沢田綱吉くんと。
その日のことを思い出して、ぽぽぽぽと顔が仄かに熱くなる。うれしいけれど、やっぱり恥ずかしくて、やっぱりやっぱり、まだ戸惑っている。少しの恐怖がちらちらと顔をのぞかせている。
しゅんと肩を落とす私のスマホがポケットの中でヴヴと震えた。首を傾げながら取り出すと、画面に「新着メッセージがあります」の文字。そのままラインを開いて、またもゴンっと頭をテーブルに打ち付けた。

「はい、連絡連絡」
「ちょっとまってよ、なんで蓮巳くんが沢田くんの連絡先持ってるの」
「え、普通に交換したから」

寧ろなんでしてないんだよと言われればぐうの音も出ない。蓮巳くんコミュ力本当に高いな。といっても別にすごくテンションが高いとかそういうのじゃないんだけれど、人との会話とか馴染み方とかがうまいんだと思う。まあ、だから私もすぐに仲良くなれたのかもしれないから、そこはありがたい。

「私、そんな自分から積極的にいけない……」
「沢田くんのことになると本当しおらしくなるね」
「私はいつもしおらしい!」

と少し声を大きくしてしまったのに気づいて、慌てて口を押えた。それを見た蓮巳くんが小さく笑っている。
むうと口を尖らせて少し視線を逸らしていると、蓮巳くんが笑い終えてから口を開いた。

「俺ね、蕪木さんはもっと自分に自信持っていいと思うよ」
「……」
「色々大変だっただろうにちゃんと前向いて、辛さを表に出さなくて、笑って、人の事考えて、優しくしてて、すごいなと思う。隣の席に引っ越して来てくれたのが蕪木さんで良かったと思うくらいには、俺は蕪木さんを尊敬してるよ」
「はすみくん……」
「そんな蕪木さんだから、なんでそんなに足踏みしてんのかわかんない、っていやまあ、なんか理由はあるんだろうなと思うけどね」

何も答えられない私に、蓮巳くんが優しく笑みを浮かべて言った。

「俺は、蕪木さんに幸せになってほしいよ」