05

目が覚める。瞼がやけに重くて、目尻がヒリヒリと痛んだ。

「あ、目が覚めた……?」

ゆっくりと身体を起こすと、覚えのない、見たこともない中年の男女がこちらを見ていた。心配そうな面持ちでこちらに控えめに寄ってくる。うまく頭の回らない状態で首を傾げていると、「混乱、してるわよね」と女の人が目を伏せた。

「今回のこと、本当に残念だわ」

何のことだ。そもそもあなたは誰なんだ。そしてここは一体どこなんだ。
見覚えのない部屋は、ピンクやイエローといったパステルカラーを使ったいかにも女子といった感じのもので、そこに置かれたベッドに私は眠っていた。
そのまま続きを話そうとする女性に待ったをかけて、お手洗いへと部屋を出る。男女の悲痛な面持ちは、一体何に向けられているのか。部屋を出たはいいものの、全く知らない家の造りに迷いながらトイレを探す。
そういえば、お腹、刺された筈なのに痛まない。そんなことを想いお腹を撫でてみるも、なんの痛みもなかった。
色んなドアを開けていくと、洗面所に行きあたる。ちょうどいい、先に顔でも洗おうと入って、鏡に映る自分の姿に絶句した。

染めて茶色くしていたはずの長い髪は黒くストレートで、茶色みがかっていた自分の目はどちらかというと灰色に近い。顔立ちは明らかに幼くて、よくよく見ると手も、足も、何もかもが小さい。整った顔立ちは、完璧に、別人だ。幼くなったとかではなくて、完璧に別人だった。
信じられずにぺたりと頬を触ってみると鏡の中の私も頬を触る。抓ると、鏡の中の私も抓った。痛い。夢じゃない。
ただただ訳が分からなくて突っ立っていると、心配した男性が見に来てくれた。促されて、その人の後をついていき、リビングのソファーに座る。先に女性が座っていて、「これからのことだけど」と口を開いた。

「ごめんね、まだそんなすぐ気持ちの整理がつくわけないの分かってるから、話だけさせて。答えは急がないから」
「は、い……」

財産がどうの、これからの家がどうのという話をされたけれど、内容はうまく頭に入ってこなかった。曖昧な返事をする私に見兼ねた男の人が「これくらいにしよう。1度にする話じゃないよ」と助けてくれて、また様子見に来るからねといって2人は家を出ていった。
その後も暫くぼんやりと焦点も合わない目で空を見詰めて、どれくらい時間が経ったのか。唐突に胸元につけた筈のネックレスを思い出して手をやるけれど当然ないそれに慌てて立ち上がり、先ほどまで寝ていた部屋に戻る。ベッドを見ても見当たらなかったそれは、学習机の横の壁に丁寧にかけられていた。間違いなく、私が自分で買ったネックレスと同じもの。これしか、私のものはない。首につけると、すぐさま机の上のものと引き出しを漁り出す。立てられていた教科書から見て、この子は中学1年生のようで、カレンダーと置いてあったこの子のものと思われる携帯を照らし合わせると、1年生の終業式の3日後ということが分かった。今度、2年生に上がるらしい。
教科書に書かれた名前は、下の名前は全く同じで苗字だけが違う。蕪木さんというらしい。
引き出しを開けると、奥の方に日記帳を見付けた。可愛らしい日記帳は鍵付きではなくて、ぱらぱらと読み進めていく。中学に上がってから付け始めたらしい日記はとても丁寧で、楽しそうな字で毎日のことが綴られていた。
この子は、とても明るくて素敵な子のようだった。父母と弟がいて、家族のことを愛していて、家族からも愛されていて、友達もいっぱいいて。好きなものはチョコレート、嫌いなものはピーマンらしい。好きな人がいたようだけれど、その人のことを私は何も分からない。
ただただ日記を読み進めていく。楽しいこと、嬉しかったこと、辛いこと、悲しかったこと、怒ったこと、素直に書綺麗な字でかれていた日記は、3日前の日付で唐突に変わっていた。
「なんで」という字がただただ書き殴られている。数え切れないほど、沢山。余程力を込めていたのか、紙が所々破れている。何ページにも渡り書き殴られたそれは、またもや唐突に終わった。

おとうさんと、おかあさんと、おとうとがしにました
終業式の後でした
事故にあったんだって
今日はお父さんもはやく仕事が終わって、私ががっこうから帰ったら、好きなもの作って待ってるからって、みんなでごはんの買い物にいってたそうです
そこに車がつっこんできたそうです
ひとりになっちゃった
なんで
なんでなんで
なんでわたしもつれていってくれなかったの
これからどうしたらいいの
なんで

そこまで書かれたページをめくると、そこには死にたい≠ニ、ただ一言だけ書かれていた。
思わず、涙がこぼれた。